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「そこは私の席なのよ」

ちょっと、どいてよ。そこ私の席なんだけど。

ほんの少し目を離しただけ。
私の定位置に、我が物顔で居座るやつがいた。

ねぇ、早くどいてくんない?
お前の席じゃないのよ、そこ。
私がずっと前からそこにいたの。
わかったら早くどきなさいよ。

そいつは私に目もくれず、“元からここに居ましたけど?”とでも言わんばかりの雰囲気で、かつての居場所だった私のその席を陣取り、一向に退く気配がない。

おい、聞いてんのかよ。
てめぇみたいな古臭いやつがいていい席じゃねぇんだよ。この場所にはもっと華やかで今どきな私がふさわしぃんだ。あの人だって絶対にそう思ってる。いつも手を引かれるのは私。見てただろ? てめぇはこの席にも上げさせてもらえないで、しみったれた暗い隅にいたんじゃねぇか。それをなんだ。気でも狂ったか?
表舞台に出てくる面じゃねぇんだよ、わかったら早く下がりな。どくんだよ、あの人が迎えに来ちまうだろ。
私がいつもの場所にいないと心配してしまう。
ほら早く、今すぐそこをどけ。

私は焦っていた。そろそろ迎えがくる頃だったから。
いつもの時間帯、私はそこであなたを待つ。
熱いあなたの手が私を連れ出してくれるあの瞬間だけを心待ちにして、身体を冷やし、綺麗な状態を保ち続ける。
あなたが私を使う時、それは少し乱暴で。さよならをした後私はいつも次の逢瀬のことだけを考え、あなたに食べてもらいやすくなるようせっせとこの身を整えている。
毎日求められるのは私。
だから私は今すぐにそこに戻らなくてはいけない。

「あのね」

今の今まで知らんぷりしてだんまりを決め込んでいた醤油が、口を開いた。

「あんたは、もう要らないんだって」

…え?

「ほら、ご主人様、最近ダイエット始めたでしょ? それで、あんたみたいな油ギットギトのダイエットに不向きなものは軒並みゴミ箱に放り込まれてるのよ。もしかして、ダイエット始めたこと知らなかったの? あんた、それでもご主人様の所有物なわけ?」

私を横目で見ながら鼻高々に語る醤油を、ただ見つめていた。気品すら感じるその語り口は、怒りや憎しみが湧き上がるよりも先に、ただただ圧倒されてしまった。
そういえば、醤油の声をまともに聞いたのは初めてだった。
冷蔵庫の中にはいつも顔なじみの一軍しかおらず、キッチンの引き出しの隅に追いやられた醤油となんか話す機会すらなかったからだ。
…え?そういえば、あんた今なんて言ったの?
軒並みゴミ箱に? え? 捨てられてるってこと?

「そいでね、ご主人様ったら自炊に目覚めたんだよ。そしたらさ、栓を開けた醤油の保存は冷蔵庫が正しいって、やっと気づいたんだね。だから、今日からここは私の席なんだ」

うそ。うそだ。

「あんた自分の身体見てみな。ギュウギュウ絞られて、雑に扱われたもんだね。残りだってあと少しじゃないか、みっともないね。そんな面して、どこにあんたの居場所があるっていうんだい?」

いや、違う。ご主人様は私がないとだめなの。
何にだって私を添えて、毎食絶対私を必要としてたじゃない。
いつも一滴残らず絞り出して、私の隅から隅までキレイに平らげてくれるのよ。
だから今はこんなグシャグシャでもいいの、これはご主人さまが私を求める強さの証なんだから。この私が空になれば、すぐに買い置きの私が補充される。今は中身が空っぽで軽いから、一人で立っていられない私を一旦冷蔵庫の隅に置いただけよ。そう、そうだわ。今夜の食事で私はまた生まれ変わる。そしたらあんたなんてすぐにお払い箱よ。暗くて生ぬるいあの引き出しの奥に連れ戻されるんだから、今のうちにそうやってイキがってればいいわ!

「~♪」

あっ、ご主人様!

ガチャ

「…あーもうマヨネーズ無いじゃん…これで終わりって決めたしなー…」

バコッ

…ガサッ

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