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「頭を使わない唄」

「頭を使わない唄」というタイトルだけがつけられたファイルを見つけた。
最終保存日時は昨日の深夜。自分のPCのローカルフォルダに残されたそれは、紛れもなく自分が残したものだろう。それなのに、これっぽっちも身に覚えがない。全くと言っていいほど記憶にないのだ。

昨夜の私といえば、友人たちと酒を飲んでいた。夏の夜。うっすら暗くなり始めた頃に合流し、持ち寄った酒の中から今の夜空に似たラベルのビールを選んだんだ。
雨上がりで息ができないほど蒸し暑い空気。今夜のメインは花火ということで外飲みを始めたものの、子供心をなくした私達はすぐさま涼しい部屋に引っ込んだ。
家主が次々と美味しい手料理を振る舞ってくれて、その中でも、大葉が混ぜ合わされたサラダが最高だった。永遠に食べていられる。肉をつまんではサラダ。チーズをつまんではサラダ。サクサクの桃に生クリームをディップしたもので幸せを味わった直後にサラダ。おそらくこの時点でビール、レモンサワー、白ワイン、赤ワイン…とそこそこ飲んでいた。それでも鮮明に覚えている大葉サラダ。相当感動したのだろう。今も食べたい。

音楽に身を委ね、ウミガメのスープで盛り上がり、もう今日はこのまま部屋で…なんて思っていた頃、友人の一人が言ったんだよ。「花火やってなくね?」って。いやーもういいだろー今日はーなんて、腰が重い酔っぱらいたちはそんな感じ。でもそいつが「この夏の記憶を残したい」なんて言うからさ。この夏の記憶ねぇ、なんて。じゃあやるかぁって渋々外に出たんだ。

玄関のドアを開けたら、世界はすっかり夜の顔をしていた。夏の虫の声が鳴り響き、胸いっぱいに夏の匂いを取り込みたくなる気持ちよさだった。
もう花火はいいよ、なんて言ってたやつらも外に出ちゃえばノリノリで。蝋燭が入ってなくてチャッカマンも無いもんだから、「準備悪いなー」とか文句言いながら普通のライターでつけて指火傷して。その後は「火を絶やすなー!」と花火の炎をひたすらリレー。こんな真夜中にいい大人たちが大汗かいて。一体これの何が楽しいのかわからないけど、ゲラゲラと笑いの絶えない夜を過ごした。

気づけば深夜零時を回ってて、各々明日仕事だよな、早く寝ないとって。みんな徒歩圏内の人だから気軽に集まり、気軽に解散。「またねーおやすみー!」と大きく手を振って、一人自宅へとフラフラと歩き出した。
夜中の街は静まり返り、ほんの少し冷静になる。バッグに手を突っ込み、意識的に遠ざけていた携帯をスムーズに取り出す。わかってるよ、新着通知は無いんでしょ。眩しい液晶に目を細めながら、二人のやりとりをスクロールしていく。

『ごめん、約束してたのに帰れなくなった』

記念日だった。この日に彼が帰国することは数ヶ月前から決まっていて、私は今年の夏のこの日をずっと楽しみにしていた。理由は仕事。

『忙しいって言ってたもんね、また予定合わせよう。頑張ってね』

彼の連絡に続く私の返信は、何度見返してもこのように返していた。
本当はすごくショックだった。ネイルも美容院もこの日に合わせて予約していたし、私にとって数ヶ月ぶりに会えるこの日が何よりも優先事項だった。
でも、言ったってしょうがないじゃん。ここで私がゴネて会えたって、やっぱりちょっと罪悪感あるし。だからこの返信が正解なんだ。

私は酔いで霞む目をこすり、おぼつかない指先でメッセージを入力していく。

『悲しい、私だけ楽しみにしてたのかなって。会いたかった。いつ会えなくなるかもわからないのに。仕事してる間に私はどんどん年取っちゃうのに。もう会いたくないって私から言われちゃうかもしれないのに。楽しみにしてたのに』

何度も打ち間違え、消しては直し、それでも指が止まることはなかった。
ここまで打ち終え、立ち止まる。煌々と照らされる自販機の前、見慣れた送信ボタンに指がかかる。

『…酔った』

ほんの少し考えてみたものの、とうに回らない頭からは何の司令も降りてこず。押しかけた送信ボタンから離れた指は何となしの言い訳として、文章の最後に「酔った」と付け加えた。
酔った。そうだ、たらふく酒を飲み、今の私は正常な判断ができない。酔っているのだ。だからこんなメッセージを送信しても仕方ない。こんな時しか言えないんだ。

いくら鼓舞しても、アルコールに浸かってるはずの脳は僅かに正常で送信ボタンを押してはくれない。思ったまま言えばいいのに、その僅かな正常が必死に打ち込んだ文字をクリアに戻していく。

やっと吐き出せたはずの文章は、跡形もなく消えてしまった。
彼とは離れた深夜の街で、唯一存在していた事実の欠片さえも今消滅した。

何をしたってわからない、何を想ったって伝わらない。
ねぇねぇ、遠く離れた恋人が深夜に泣きながら歩いてますよ。いいんですか、そんなんで。
もういい。知らないからね。
呟くその声、聞いていたのは私だけ。
やんなっちゃう。

どうやら涙はアルコールを飛ばすらしい。
腫れぼったいまぶたと引き換えに、二日酔いの地獄からは免れた。

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