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【ショートストーリー】こんなはずじゃなかったの
ご祝儀袋は引き出しに常備している。といっても、先月、部長のお母様のお葬式で香典返しに入っていたのを引きだしに放り込んでいただけだ。
三つ折り財布の中には、不格好に折れ曲がった一万円札が一枚。
今日はこれだけしかない。
反対に折り曲げてしわをのばしながらキーボードを叩き、社内チャットで同僚にメッセージを送信する。
《私は一枚にしたよー》
《総務の子たちも一枚だそうです!》
仕方ない。
今日は帰りにコンビニに寄って、限定品のアニメキャラクターのイラスト入りグッズを大人買いする予定にしていたが、確かQUOカードに残高があったはずだ。足りなければクレジットカードで払えばいい。
なんとかなるだろう。
「まだ一か月なんだけど、可愛いのなんのって。こんなに小さいのに爪もきちんとあるのよ。誰に似たのか色白で、鼻も高いの」
濃いピンクのチークをいれた頬をますます上気させて孫自慢をするあの人。まだ生まれて一か月からこれだ。先が思いやられる。
何とか真っ直ぐになったなけなしの一万円札を向きを確認しながら封筒に入れた。
もしさかさまに入れようもんなら、あの人は絶対に後からぐちぐち嫌味を言うにきまっている。
一万円。あの人に孫娘が産まれたからって、少々お祝いとしては多すぎるんじゃないだろうか。
「あなたも早く産みなさいよ。あ、その前に彼氏、彼氏。どうなの、最近は?」
飲み会の帰りに迎えに来てくれる彼氏、ペットボトルごみを渋々ながらもゴミ捨て場に出してくれる旦那、玄関ドアを開けると尻尾を振って駆け寄ってくるトイプードル、マシュマロのように柔らかな肉体の幼い子供。
どれもこの手からこぼれ落ちた。
「こんなはずじゃなかったの」
今封筒に入れたばかりの一万円札を財布に戻した。
《お祝いしません》
チャットにそれだけ打ち込むと、画面と彼女の顔を代わる代わるにらむ同僚を尻目に、時計の針がてっぺんをさすが早いが財布をつかむと、夕方寄るはずだったコンビニへと急いだ。
(了)
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