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シンデレラのその後


自分について考えていると、どちらかというと、「シンデレラは王子様と幸せに暮らしました、」

のその後の世界を見ているみたい、と思うことがある。

シンデレラは王子様と巡り合い、幸せに暮らしました。しばらくは。しかし少し経つと、シンデレラは自分のような人間が王子様といていいのだろうか、と疑問を持つようになりました。安心しきった王子様の顔を見て、もっと何かしなければならない義務があるのでは、とかすかな不安のようなものを覚えながら眠りにつく日が増えました。ちょうどそのころ、シンデレラのところに、亡くなったと思っていた父の従兄弟が訪ねてきました。破産して路頭に迷い、精神を病みそうだ。私をわかってくれるのは、不遇な境遇にいたあなたしかいない。助けてくれ。シンデレラは「あなたにはほかにもっとふさわしい人がいる、わたしには助けなければいけない人がいる」と書き置きをして、下女の姿に身をやつし、城を出ました。

翌朝から、王子様と城は大混乱。王子様はその従兄弟が、以前からシンデレラが嫌っていた相手だったことに、深い絶望と無力感を覚えました。一方シンデレラも、従兄弟のところを訪ねて驚きました。同じように集められた女性たちが、地下牢の大部屋で眠っていたのです。シンデレラは背筋にぞっとしたものを感じ、一度はお城に戻ろうと考えました。しかし翌日になると、女性たちの姿は消え、苦悩の淵に立っている従兄弟の姿が見えました。シンデレラはもうしばらくいることにしました。

一ヶ月がすぎ、二ヶ月が過ぎ。シンデレラはあたらしい生活にひずみがあることを、少しずつ感じ始めました。夜になると、二人しかいないはずの小さな家にぽっかりと穴があき、地下室に眠るたくさんの女性たちの姿が見えるのです。夢かまことか、そっとベットを抜け出してみると、その幻は消えました。

あるお昼、シンデレラが買い物に市場に出ると、王子たちと家来が散策しているのを見つけました。王子はこちらに気づくと手を振り、シンデレラの胸は温かくなりました。

それからもう少し日が経った頃のこと。地下室の幻が現実だったことを、シンデレラは知りました。自分が家事をしている間に、従兄弟は地下牢で女性たちをもてなしているようすが見えたのです。そしてある日のこと、別の女が、従兄弟のかけがえのない伴侶として祝福の洗礼を受けるさまを、シンデレラは目の当たりにしたのです。シンデレラは短い決意を告げて、従兄弟の住む森を出ました。

シンデレラは心から、城に帰りたいと思いました。王子のことを思うだけで涙が溢れました。もう持ってはいけない感情だったのに。けれど同時に、国中の人々が、誰からも愛される王子を捨てた自分を許すはずがない、と思いました。仲良しだった魔法使いですら、「王子には近寄るな」と警告してきていたのです。

ところがいくつかの奇跡が起きて、シンデレラはもう一度お城に帰れることになりました。王妃としてはなばなしく正門をくぐることはかないませんでしたが、王子のたっての希望があったため、こっそりと戻ることができたのです。シンデレラは喜びました。それと同時に、もはやみなに祝福される身ではない自分を恥じました。

それから一月、二月として。シンデレラは遠征に出る王子を見送ることになりました。本来であれば、シンデレラも王妃として共に旅立ち、ふたりはこまやかに日々のあらゆることを体験していったはずです。しかしシンデレラには、大勢の前に姿をさらす勇気がありませんでした。そして、育てた父が病気と知り、看護のために戻ることになりました。遠征は1年、すぐに戻れるとふたりは思いました。しかし父の病状は重く、父はもはやシンデレラが王妃だったことを忘れ、継母や継子としょっちゅう間違えて、家にひきとめようとしました。シンデレラは王妃であることを隠し、王子との連絡もとらないままでした。ある日、使者が家を訪れ、遠征が終わったこと、王子には新しい妻ができたことを告げました。シンデレラは驚きました。が、もうあとのまつりでした。

それからなにがあったのか、シンデレラは覚えていません。一日がたち、2日がたち、がまるで1年2年のようでした。シンデレラはこころから、自分のおかした過ちを悔い、また悔やんでもどうしようもないことを悟りました。

やがて父の病状が落ち着き、シンデレラはもう一度お城のあるまちに戻ることになりました。そしてあの市場で、偶然に王子一行と再会しました。みな元気で変わりないこと、自分を見つけた王子の顔がかがやくことに、シンデレラは喜びを感じるようになっていました。シンデレラはある直感から、ほんのときたま、その市場にいくことがありました。するとかならず王子に会うことができるのです。遠くからでも。シンデレラはとても喜びながらも、過ぎていく月日に不安を覚えました。このまま年をとってしまえば、また父の病が進行した時、戻らなければならないことは目に見えている。そんな時、シンデレラは王子がめずらしく病に侵され、お城で闘病していることを知りました。シンデレラは城に行こうと思いましたが、お城には、自分たちを祝福し、仲間だった人々がたくさんいることを思い出します。そして、自分は彼らにとって裏切り者であり、しょせんは下賤の身で、いつ排除されてもおかしくないことも。シンデレラはとうとう、お城を訪れる勇気がありませんでした。


1年たち、2年たち。シンデレラは父の住む森の家と、ひとりの暮らしを往復するようになりました。森の家には、城の目が届かないので、シンデレラが王妃だったことを誰も知りません。ティアラや靴は地中に埋めました。シンデレラ自身もそうして、自分が王妃だったことをすっかり忘れるようになりました。


ある日のこと。シンデレラの父の病がとうとう重篤となり、父が刃物をシンデレラに振りかざすようになりました。シンデレラは恐怖を感じ、急いで森を出ました。するとそこに、隣の国の魔法使いが立っていました。魔法使いは異人だから、ことばは通じません。ですが隣の国に入ってしまえば、もう父の追手も来ないし、殺される心配もありません。王子とあうことはないかわりに、一生、罪の意識にさいなまれることもないでしょう。シンデレラは隠していたティアラと靴を、炎で焼きました。そうして隣の国の魔法使いと結婚式をあげました。

シンデレラにとって、異人との暮らしは慣れないことだらけでした。ことばもジェスチャーも、伝わるようで伝わらないことばかりです。それでもシンデレラはここが自分の生きる場所だから、と戦い続けました。その後、シンデレラは自分の手や足が、かさかさと乾いていくこと、鱗のようなものがたくさん生えていることを知りました。シンデレラは魚となって海に還りました。

王子は闘病ののち、新しい妻をなくしました。シンデレラを探そうとも考えましたが、まさか魚になった王妃を探せるわけもありません。王子は二人目の妻をめとり、いつまでもしあわせに暮らしました。


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