人の為と書いて「偽」?偽論

「人の為と書いて『偽』」ってよく聞くけど、

確かにそうなんだけど、、、、さ


そう聞くとめちゃくちゃ悪い風に聞こえる

この言葉が嫌いだ

「家族のために嫌な仕事もやり続ける」

「好きな人ために頑張る」

「応援してくれる人のために」

「社会のために」

「地域のために」

「地球のために」

確かに「その」ためではなく「自分のため」だよ

「その人の笑顔が見たい」っていうのは

自分の願望なんだから

自分の為だ

でもそれは相手の幸せも内包している

それは別に誰も不幸にしてないんだから良いことじゃないか!

良いことじゃないか?

なんか偉そうに最後をためて、、、、

「偽」って

人の為と書いて、、、、、「偽」

カッコつけて言ってるのが嫌いだ

かつてはそういうかっこいい言葉に憧れてた自分がいたから

嫌いなのかもしれないけど

突き詰めていいけば相手と自分の境界なんてなくなるわけだし

家族=自分だからね

〇〇家の中に自分が含まれているわけだから

「家族のため」と言いつつ「自分のため」になる

「家族のため」=「自分のため」の等式が成り立つ

だから自分の為だけど、家族を思う気持ちが「偽」なんかじゃない

上手いように言っているけど、

深く突き詰めればそうじゃないぜ

地域と自分も

自分と地球も

宇宙から見たら同じなんだ

突き詰めていけば

スピリチュアルの「ワンネス」に行き着くのかな

まだそこまでの心境ではないけど

だから誰かカッコつけて言ってくれ

「人の為と書いて偽」って

待ってましたと言わんばかりに

「そうだよ、自分の為だよ!相手のためになることを

自分が望んでいる自分の為だよ、でも相手を思う気持ちも

嘘じゃないけどね」

ってね

ドキッとした時に自問自答する

「その気持ちは本当ですか?」

とそれがはっきり、ばっちり「YES」って出たら

怖いものは何もない





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