ヘルムート・バーガー

ヘルムート・バーガーが亡くなった。

彼は、わたしが唯一心から美しいと思う男性俳優だった。
享年78。現代の基準だと、若いようにも感じる。ゴダールは91歳まで生きたのだし。

でも、わたしが美しいと感じて惚れ惚れと観ていたのは画面の中のうら若きヘルムートであって、その姿はいまでも円盤を再生すればすぐに観れる。
けれども、やっぱり「生きている」と「もういない」の間には、どうしようもない断絶がある。

わたしが知る「ヘルムート・バーガー」はヴィスコンティが撮った映像の中で生きる、ルートヴィヒやコンラートやマーティンだ。
わたしは多分、ヘルムート・バーガーという人について知らない。

ヴィスコンティのつくる世界の中の「ヘルムート・バーガー」は、まるでギリシャの彫刻のように美しかった。
だから、『ドリアン・グレイの肖像』を観た時はちょっとばかり落胆した。それはわたしの知る「ヘルムート・バーガー」ではなかったから。

おそらく、わたしが、そして多くの我々=視聴者が見ていたのは彼の虚像に過ぎないのだろう。その虚像をつくり出したのは、紛れもなくヴィスコンティその人であって、それはヘルムート・バーガーの真ではなかったのかもしれない。
それでも、ヘルムート・バーガーのつくり出すキャラクターの一端には、彼自身が映し出されていたのだと思う。
後年のインタビュー動画などを見ていても、それはもはやわたしの知る「ヘルムート・バーガー」ではなかったけれども、それでも時おり、若き日の鋭い眼光や中性的な姿が見えるとどきりとした。

またひとり、スターがいなくなってしまった。
60-80年代の映画が好きなわたしにとっては仕方ないことだけど、ここ数年、どんどん好きな俳優さんがこの世をあとにしていく。

けれども、彼らが残した芸術は残っている。幸か不幸か、繰り返し繰り返し観ることができる。
画面に閉じ込められた彼らの姿は、褪せることなくこれからも受け継がれていくことだろう。

さようなら、ヘルムート・バーガー、どうか安らかに。
今日はひさびさに『地獄に堕ちた勇者ども』を観ようかな。

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