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【創作大賞応募用】(BL)雨さえやさしく 第三話


晴臣「企んでるって」
 晴臣は小さく噴き出す。

晴臣「まあ地方創生って都会の悪い業者の食い物になりがちってよく聞くし、用心深いのはいいことですよね。さすが椿さん」

椿〈また褒められた。ここまで来ると逆に高度な嫌味なのかとも思えてくる〉
晴臣「ぺーぺーだけど一応ちゃんと有資格者ですよ。そんなに心配なら、見ます? 仲人士免許」

椿「なこうどし?」

晴臣「ま、国家資格とかではないし、婚活業を始めるのに絶対必須の資格でもないんですけどね。仲人協会が発行してる免許で、試験があって――個人情報保護とかクーリングオフとか、悪いことはしないようにちゃんと勉強して登録してますっていう身分証みたいなもんです」

 胸ポケットの名刺入れから、硬質プラスチックのケースに入った免許を取り出す。

晴臣「これ自体が偽物の可能性だってある……って顔してる」

椿「――そ、そんなことは」

晴臣は軽く微笑んだだけでそれ以上は触れず、雨に濡れる日本庭園に目を移す。

晴臣「うちは母親が東北の田舎出身なんですけど、そこで周囲の勧めでした結婚でつらい思いをして……親戚を頼って逃げてきた東京の下町でパートしながら俺を育ててたんですね。で、そのパート仲間の年配のおばちゃんに仲人士やってる人がいて。職場の付き合ってこともあって、紹介される相手に何人か会ってみたりしたんです。そうこうするうちに凄くいい人に出会って再婚できて。俺の、今の父ですけど。で、母は「言われるがままにした結婚だったからいけなかったんだ。百人でも、二百人でも会えばよかったんだ!」って、仲人に目覚めちゃって、そのおばちゃんに色々教えてもらってやってるうちに本業になって今は自宅で開業してるって感じです。きれーなお姉さん受付に用意してる大きなとこと違って、ほんと普通のおばちゃんに相談できるし、失敗談からの成功談がリアルに出来るもんだから掴みはばっちりでしょ。結構繁盛してて、本も何冊か出してるんですよね」

椿「……へえ」

晴臣「母がテレビやラジオや執筆だって忙しいから、大学卒業して俺も仲人業を手伝ってたんですけど、なにしろ若いでしょ。信用って意味でちょっと弱くて。そんなときちょうど梓市の募集を見つけて、経験積むために応募してみようかなってなったわけです。納得できました?」

 椿、しぶしぶ頷く。
椿「でも、その……」

晴臣「ゲイなのに、なんでノンケの婚活に口出ししてんのかって?」

椿〈そこまでは言ってない。……もちろん、ちらっとも脳裏をよぎらなかったと言えば嘘になるけど〉

晴臣「会員の方には最初に言いますよ。ある意味、競合しないしどっちの話もフラットに
聞ける最高の相談員」

椿「自分で言う……」

晴臣「いつか同性同士の結婚も普通の世の中になったら、必要になると思って。同性同士に強いコンサル」

椿「――、」

晴臣「だからなんでも経験させてもらって、備えておこうって、そう考えたってのはありますね」

椿「……そんなの、いつになるかわからない話だろう」
晴臣「うん。だから、あ、必要! って思ってから動いたら、遅くなっちゃうから」

椿〈要するに〈不可能〉で〈無意味〉という意味で俺は言ったのに、こいつはまた、そんな含みなんて全然気がついてません、みたいな調子で微笑うのか〉

晴臣「雇ってもらえてよかった~」

椿「応募のときから、オープンに?」

晴臣「正直、少子化でより困ってる地方のほうが勝機はあると思ってたんで」

椿「は? 何億年単位で遅れてるここが?」

晴臣「僕が働くことで梓市がそういうのに寛容だってイメージ着いたら、若い人口流入しますよーとか、仮に男同士だったら世帯収入高いんだから税収的にも良くないですかー、とか。まあ、調子のいいことも言わせてもらって。ああ、あと面接の中でお隣の市をかなり意識してるのは伝わって来てたんで、この辺りだとまだそういう職員ていないんじゃないですか? 話題にならないですか? 顔出し取材僕なら全然オッケーでーすみたいなことも言ったかな?」

 椿は言葉を失う。
椿〈罪を犯して逃げてきたわけじゃないけど、食えないやつであることには変わりない。俺にとってはマイナスにしか思えないことを、すべて逆手にとって――したたかな〉

×  ×  ×

晴臣『いつか同性同士の結婚も普通の世の中になったら、必要になると思って。同性同士に強いコンサル。だからなんでも経験させてもらって、備えておこうって』

×  ×  ×

椿〈――そんなこと、俺は考えもしなかった。ゲイのくせに婚活コンサルタントなんて、おかしな奴って思っただけで〉
×  ×  ×

『ひとりひとりとじっくり向き合いたいんだ、椿さんは』
 
×  ×  ×

椿〈――あんなこと、初めて言われた。〉

晴臣「いやしかし」
 晴臣、不意に噴き出す。

晴臣「〈なにを企んでるんだ〉って、ドラマの中でしか聞かないようなこと初めてリアルで言われたなー。記念に呟いとこう」

椿「や、め、ろ」

晴臣「観光局のアカウントじゃなくて、自分用のだから大丈夫ですよ」

椿〈そんなのなおさら嫌だ。こいつの日常の中に俺が刻まれるなんて、そんなのなんだか――むずむずする〉

晴臣、今度はわざとらしいほど眉尻を下げる。
晴臣「俺の顔ちょいちょい見てるのも、怪しい奴じゃないかって疑ってたからなんですね……割とショック」

椿「それは! ……悪かった。だって、ほんとに、そんなに若くて婚活のプロがいるとか、思わないから」

晴臣「言ったでしょ。プロってほど実績まだないです。まあ、椿さんよりは経験あると思うけど」

椿〈――けいけん〉

晴臣「母のところに相談に来るいろんな人を子供の頃から見てましたからね」

椿〈あ、そっちの〉

椿「……俺はわからない。みんなどうしてそこまでして人を好きになりたがるのか。金まで払って、時間割いて、そんな必死に」

椿〈地域活性に街コンを、という声が商店街から上がるのも、みんなそれをやれば人が集まるとごく自然に思っているからで。それだけ世の中に恋愛や結婚のためなら遠方まで出てくる人間がいるってことで。その気力が凄い、と斜に構えながら、その実、自分のほうがおかしいのかと不安になる〉

晴臣「それは、まだ現状ひとりで一生仕事して生きていくっていうのはなかなか難しい世の中だから、どうせ結婚しなきゃいけないなら、少しでも感じのいい人とって思うのは当然じゃないですか? もちろん経済的なことも含めてね。選べるんなら選んだほうがいいってうちの母見てると思うし。……俺はもうあんまり記憶がないんだけど」

 晴臣の声のトーンが低くなる。
晴臣「ほんとの父は暴力とかふるう系だったらしくて。しばらくは怖いって意識も消えなかったんでしょうね。今の父と再婚する前の母ってあんまり笑顔の記憶がないんですよね。好き同士くっついたって苦労が全然ないかっていうとそうじゃないけど、減らせるものなら減らしたほうがいいし」

 物憂げに記憶を探るようだったまなざしが、晴れやかなものに代わる。
晴臣「究極、婚活してみて、あ、やっぱひとりのほうがいいやーってわかるのだっていいと思うんですよ。別に結婚だけが唯一の正解とかじゃないんだから、そこは人それぞれでしょ。でも、やってみなきゃ、いろんな人に会ってみなきゃ、その結論すらたどりつけない。だからみんな合コン行ったり街コン行ったりするんじゃないですか」
 
椿、少し驚いた様子で。
椿「……街コンなんて、恋愛が大好きな奴ばっかが参加するんだと思ってた」

晴臣「だったら俺や母みたいなの、そもそもいらないじゃないですか。俺だって、全然恋愛マスターなんかじゃないから、会員さんから教わることのほうが多いくらい。みんなわからないなりに一生懸命で」

晴臣は屈託なく笑う。ちゃぶ台のひとつひとつに置かれた小さな一輪挿しの椿の花を指先でつつく。

晴臣「わからないことに一生懸命立ち向かってる人たちだから応援したくなるんでしょ」

 雨はいつの間にか小降りになっている。
晴臣、ちゃぶ台に頬杖をつき「ね?」とほほ笑みかけてくる。

椿〈またひとつ、知らなかった扉がどこかで開いて、風が渡っていく――〉

 椿、すっかり晴臣のペースにはまっている自分に気がつき、立ち上がる。

椿「ちょっと、トイレ」

 それだけ残して背を向ける。廊下をずしずしと振り返らずに歩く。
 
晴臣、いつの間にか庭園に佇んでいた忍者に、晴臣がぐっと親指を立ててみせる。
 忍者もぬっと同じ動きを返す。
 一連の動きに、椿は気がついていない。

第三話終わり


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