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【創作大賞応募用】(BL)雨さえやさしく 第二話

■場面転換(城とその前の広場)

 城に向かう椿と晴臣。天守閣の手前が、芝生の広場になっている。平日の昼下がり、人影はまばら。
そこに、ぽつんと黒い影がある。

晴臣「あ、忍者だ。やった」

梓の職員がやっているらしいが、椿もその正体を知らない。いる時間帯もまちまちなので、運良く出会えたら写真を撮ってSNSに投稿するのが密かなブームになっている。

 晴臣、早速スマホを取り出して写真を撮り、SNSに投稿する。
晴臣「に、ん、じゃ、い、る、送信っと。――椿さんは撮らなくていいんですか」

椿「いいです。それより早く仕事して帰りましょう」

■場面転換(城のチケット売り場)

 チケットを買って中に入る。パンフレットと別紙を渡される。

受付「はい。今ハート見つけてSNSに投稿してくれたら、抽選でプレゼントやってますから」

椿「ハート?」

晴臣「これやってるから神社一か所削ってもここ入れたいって思ったんですよ」
 晴臣に言われてピンクの用紙に目を通す。『城の柱のどこかにハートの木目があるよ♡みんなで探しちゃおう♡縁結びに効果絶大!』と書いてある。

晴臣「普通にお城行ってーって行ってもなかなか気が進まないから、いいでしょ。結果的にお城もじっくり見ないといけなくなるし」

椿「……なんでもかんでも縁結び縁結びって」

椿〈こっちは誰かと結ばれるなんて以前に、ただ生きてるだけで息苦しい思いをしてるってのに〉

■場面転換。(城内部。照明はあるが薄暗い)

晴臣「わ、階段やっぱり急だなー。最初は街のレンタル屋さんに協力してもらって着物で街巡りって案もあったんですけど、足袋履いてこれはきついだろうな。むしろそれがいいかなとも思ったんですけど、怪我する人いるかもな……やめて正解だった」

椿、手すりに掴まってどうにか体を引っ張り上げるように上る。

ふっと影が差し、反射で面を上げる。階段の上から晴臣が手を差し伸べている。
椿〈――なるほど、こういう〉

椿、気づかないふりで腕を無視する。

■場面転換(城の二階・展示室になっている)

椿「これこれ。俺この絵好きなんですよね。最初に来たとき見て……三代藩主の殿様が失明したとき、殿様が好きな牡丹の花を見せてあげたいって、小姓が自分の目を差し出そうとして、殿様は泣いちゃったってやつ。椿さんはこのお話知ってます?」

椿〈知ってるもなにも、己のセクシャリティを自覚したきっかけだよ〉

晴臣「椿さん?」

子供が十五、六人やってくる。保育士の引率で騒がしく最上階へ登っていく。
保育士「はいみんな、ちゃんと手すりに掴まってー! 一段一段、ゆっくりのぼりましょー!」

おかげで晴臣の気がうまくそがれて、質問には答えずに済んだ。
再び静けさが訪れたかと思うと、今度は歌声が聞こえてくる。ともだちが百人できるかな。
テンションが上がった幼児の声は大きく、晴臣が笑う。

晴臣「てか、あの歌今の子も歌うんですね。椿さんときはどうでした?」

椿「俺は嫌いだった」

晴臣「嫌い?」

椿「百人も友達がいて、毎日会ってたら一年に三回くらいしか同じ奴と会えなくて結局誰ともほんとには仲良くなれない。そう言ったら先生に怒られた。……あとになって、別の奴に毎回百人全員といっぺんに遊べばいいだろ! って言われたけど、そういう発想も、俺にはなくて」

晴臣「ひとりひとりとじっくり向き合いたいんですね、椿さんは」

椿〈――え?〉

晴臣「凄くいいと思いますよ。そういう人って、つきあったらひとりを凄く大事に見てくれそう」
椿〈つ、つきあう? 誰が? 誰と?〉
 
晴臣「――椿さん」
 晴臣が不意に間合いを詰めてくる。
椿、一歩後ずさる。
晴臣、椿が後ずさった分だけまた詰めてくる。

椿〈え。
 ちょっと。
 ちょっと待った。
 これは。
 そういう。
 でも、だって、上に人だっている、のに〉
 
晴臣の唇が、つばきさん、と動くのが、スローモーションのように見える。

思わず目を閉じてしまう椿。

晴臣「――椿さん、ありましたよ、ハート」

椿〈は?〉

晴臣「ほら、そこ」
椿の背後の太い柱のちょうど顔の辺り、木目がハートのように浮かびあがっている。

椿〈な、なんだ……〉

晴臣「投稿、っと。やった。思ったよりはっきりハート出てるし、これ楽しいですね」

椿〈俺は全然楽しくなんか、ない!〉
 抗議してやろうと面を上げ、椿は黙る。
 スマホを覗き込む晴臣の眼差しが、思いの他真摯。

晴臣「街コン参加者の方も楽しんでくれるといいな……」
 
思わず見とれていると、晴臣が今度はほんの少し意地悪な笑みを浮かべる。
晴臣「椿さん、ちょっと期待してました?」

椿「――はあ!?」

椿〈こいつ、やっぱり俺がゲイだって気づいててちょっかい出してきてるのか?〉

青ざめる椿。

子供たちが「高かったー」「すっごい遠くまで見えた!」とはしゃぎながら下りてくる。 

続いて、監視のためにいたらしい、年配の女性が下りてくる。交代の時間らしく、下からもひとり上がってくる。「賑やかだったわね」などと言葉を交わす。
 交代して階下に下りようとしていた女性が、椿の姿に足を止める。

女性「えっとあなた……そうだ、月森さん。月森さんとこの息子さんだ」

椿「はい」

女性「やっぱり! まあ~大きくなっちゃって。あれでしょ? 今は市役所にお勤めなんですってね」 

椿〈田舎に個人情報保護など存在しない〉

女性「高校のあと、東京の大学に行ったんでしょ? 東京に出たのにちゃんと戻ってきてお父さんと同じ職場だなんて、親孝行ねっていつも話してるのよ~」

椿〈東京に出て、戻った。主観で語るなら「出て」と「戻った」の間に入るのは「のこのこと」とか「おめおめと」なのに、親孝行って言われるの、しんどい〉

 女性はにっこりと微笑む。
女性「あとは早く結婚して孫の顔ね」

■場面転換(堀沿いの大通り。車が行き交っている。道路沿いには柳)

椿、俯きがちに歩いている。 

椿〈――すっごい笑顔だったな〉

雨が降ってくる。椿、俯いたままずんずん歩く。

椿〈ここで生きていく以上、慣れなければ。こんなことには〉

晴臣「椿さん、雨ですよ。濡れちゃいますよ」

椿、晴臣の声には気がついているが、無視する。

晴臣「――椿さん!」

 熱い、と感じるほど強く腕を掴まれた。

晴臣「なにやってるんですか、信号! 赤赤!」

引き留められたすぐ目の前を、スピードを出したセダン車が横切っていく。
 ぼんやりそれを見送って、信号が青になるのを確かめると、椿は晴臣の腕を乱暴に払っう。

椿「――職場に戻る」
取り繕うのも面倒で、タメ語になっている椿。

晴臣「そんな顔で?」

 椿、反射で顔を覆うと、その腕を再び掴まれる。
晴臣「見て、抹茶と和菓子ですって」

晴臣、道に出ていたのぼりを読み上げる。呑気な調子だが、掴んだ腕は緩めない。

晴臣「俺、ここまだ入ったことなかったな。ちょうどいいから一休みしていきましょう。ね? こんなところででかい男ふたりがもめてたら、人目引いちゃいますよ」 

■場面転換(漆喰と黒板塀の元家老の屋敷。中が資料館とカフェになっている) 

ふたり、それぞれ和菓子を頼み、畳敷きのカフェスペースに座る。 

晴臣「繊細な仕事だなあ」
 
晴臣、赤い椿を形どった練り切りの写真を数枚撮ると、黒文字を突き立てる。
椿も自分の前に置かれた侘助の練り切りを口に入れる。白小豆の素朴な甘さで、ちょっとほっとした表情。
 
椿が落ち着きを取り戻したのを見越したように、晴臣。
晴臣「ああいうときはやんわり言っていいと思いますよ。今の時代、別にゲイに関係なくだめでしょ、あれは」

椿「……おまえだって、へらへらかわしてただろ」

晴臣「俺はかわせるからかわしているのであって、嫌な人は嫌ってちゃんと言う権利あります」
 晴臣、二口で練り切りを平らげる。

晴臣「だいたい、梓市のホームページの冒頭にだってダイバーシティ宣言載ってるでしょ」
椿「あれは隣の市がやってるからうちもやっただけで……市長がちゃんと今風なこと考えてます感出すためにやったっていうか。見てる市民もいないと思うけど」

晴臣「最初はそれでもいいと思いますけどね、俺は。そもそも厳密に言ったら男女雇用均等とかLGBTQSへの配慮だけがダイバーシティってわけじゃないし」

椿「……課長なんか絶対に東京のお台場のことだと思ってる」

 はは、と晴臣は笑う。
晴臣「ここいいですね、めちゃくちゃくつろげる。俺好きだな」
 晴臣はシャツの腕をめくりあげ、伸びをすると、畳に足を投げ出して寛ぐ。

椿「おまえはなんでこんな田舎の街にやってきた。なにを企んでるんだ?」

二話終り

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