自分のこと呪術士だと思っている白魔道士〜その15〜
!ネタバレ注意!
※FF14 メインクエスト Lv16 「タムタラの仄暗い底で」
ふたりを乗せたチョコボがグリダニアの街に着くころにはすっかり日が傾いていた。カーラインカフェの扉を開くと、一日の冒険を終え仲間と語らう冒険者の話し声に交じって、ラプトルシチューやマーモットステーキの香りが鼻先を掠めていく。カフェの西側に取り付けられた、天井まで届くほど大きなガラス窓から斜陽が差し込み、フロア全体を濃い茜色に染めていた。
カウンターでふたりを出迎えたミューヌに依頼達成の報告をすると、ミューヌはふたりの無事な姿に顔をほころばせ、冒険者ギルドでふたりが評判になっていると話した。一方で、最近冒険者への依頼が急増した結果、冒険者パーティの事故も後を絶たないと話す。声を低くし目を伏せたミューヌの視線を追うと、そこには三人の冒険者がいた。
窓から差し込む夕陽を背にした魔道士が、仲間の二人に激しく詰め寄られている。
「アヴィールは……リーダーは死んだのよ! エッダ、あんたの回復が遅れたせいで!」
弓を背負ったエレゼンの女性が上ずった声で魔導士を責め立てていた。魔導士が顔を上げる。見覚えのある顔だった。
「そ、そんな! あれは突然出てきた魔物の群れにアヴィールが走っていっちゃって……。」
ベハティは瞠目した。彼らは、サスタシャ浸食洞の前で見かけた冒険者パーティだ。
ベハティの隣でベンの平坦な声がした。
「……ああ、一人いないと思った」
荷物の過不足を確認するような、重さも温度もない声だ。ベハティも押し黙って彼らを注視しているが、表情に悲嘆の色は浮かばない。ミューヌに視線を戻そうとしたところで、ふたりは妙な違和感を覚えた。
エッダと呼ばれた魔道士の様子がおかしい。仲間のふたりに責められるたび、俯いて何事か呟いている。それだけなら何のことはないが、問題は俯いた彼女の視線の先だ。両手に何かの包みを抱えている。それが妙にふたりの目を引いた。
「彼、焦ってたから……。もっと頑張らなきゃって……。」
違和感の正体はすぐにわかった。彼女は俯いて何かを呟いているというより、両手に抱えた何かに対して言葉を発しているように見える。そんなはずはないとわかってはいても違和感がぬぐえない。すると不意に、彼女を責めていた弓術士が、引き攣った声音でエッダを詰った。
「あとさ……大事に持ってるアヴィールの首……。さっさと埋めなさいよ、キモチ悪い!」
ベハティとベンは思わず顔を見合わせる。ベハティの肩には力が入り、硬くこわばっているのがわかる。二人は同時に、エッダの抱えた包みの中身に思い至ったのだ。
ベンは魔導士の精神状態を心配したが、ベハティは何よりも「あの墓所」で人死にがあったということを重要視していた。胸の奥に染みついた嫌な予感が再び湿り気を帯びるのを感じる。
ベンを見上げると、彼はただ一言「飯にしようか」とつぶやいた。言葉の調子は柔らかいが、声は低かった。テーブルにつき、料理が運ばれてきても無言のままだ。ベハティが雰囲気を変えようと持ち掛けた話にも、これ以上ないほど最適なタイミングで無難な相槌を打つだけだった。何か考え込んでいる。その結果押し黙っているのだ。ベハティはサスタシャ浸食洞でのことを思い出していた。
彼は、自分の守るべき対象に危機が迫ると態度が硬化する。簡単に言えば余裕がなくなるのだ。サスタシャ浸食洞の入口でも似たようなことが起きたが、今回はさらにひどかった。自分たちと同じ冒険者が旅の途中で亡くなったことを、彼は目下最大の脅威と捉えているらしい。
ベハティを守るために何が必要か必死に考えている。そんなベンを責める道理がないのはベハティにだってわかっている。それでもやはり、同僚であるはずの人間が、自分を守るための策をあれこれ考えて頭を抱えるのを見るのはあまり良い気分ではなかった。
澱のような鬱屈がベハティの肺の底に溜まり、少しずつ重みを増していく。ベンがようやく「歓談する」という人間の営みを思い出したのは、互いの皿に乗ったオムレツが半分になったころだった。
ーーー
二人は食事を済ませると、カーラインカフェに併設された宿屋「とまり木」に一泊し、朝一番の飛空艇でウルダハに向かった。グリダニアの依頼を無事に完了させたふたりに、冒険者ギルドから新たな依頼が届いたのだ。ウルダハの冒険者ギルド・クイックサンドで依頼主のパパシャンから詳細を聞いたベハティは、肩を落としてため息をついていた。
パパシャンが言うには、アマジナ鉱山社が再開発中の「カッパーベル銅山」で、封印されていたはずの巨人族「ヘカトンケイレス族」が目覚め、暴れているらしいのだ。300年前のウルダハが奴隷として使役し、反乱を抑え込むことが出来ずに鉱山ごと封印したのだという。それが再開発により封印の要となっていた岩盤が掘りぬかれてしまい、巨人族が目覚めることになってしまった。
もちろん、巨人族は被害者だ。奴隷として使役される苦行から逃れるために300年前のウルダハに反旗を翻し、その最中に封印されてしまった。彼らは今なお反乱の只中にいるのだ。しかし、巨人族の反乱に巻き込まれて被害を受けているのも、今まさに生活のために働いている罪もない作業員なのだ。
気付けばベハティは唇をかみしめていた。数百年前に生きていた姿のまま、閉じ込められた巨人たち。自分と似ている。だからこそ苦しかった。だが巨人族への憐憫は何の役にも立たない。巨人族に「お前を虐げた者達はもうこの世にいない」と告げたところで争いは終わらないからだ。
眠りから覚めた巨人族達にしてみれば、彼らの怒りは新鮮な痛みなのだ。巨人族の反乱を放置すれば、やり場のない怒りは彼らを虐げた人間たちの子孫に向き、人間と巨人族の終わらない争いが訪れることになるだろう。
上に立つ者の不始末の皺寄せを食うのはいつだって貧民街や鉱山で働くような末端の民なのだ。ならば自分は、せめて今を生きる彼らの味方でいたい。その為に、自分と境遇の似た巨人族に刃を向けることになろうと。
ふたりはカッパーベル銅山に突入するための準備と休息に一日を費やした。タムタラの墓所に潜入したのはつい昨日のことでふたりには休息が必要だったし、何より暴れる巨人族を相手にするのは初めてだ。見たこともない相手と、常に崩落の危険と隣り合わせの銅山で戦うには特に入念な準備が必要だった。結局、銅山への出発は翌朝と決まった。
クイックサンドの宿屋「砂時計亭」の一室で、ベハティは決意を固めていた。任務の準備を黙々と進めながら、頭の中で考えを整理していたのだ。任務中、迷いがあると命に関わる。生還するために、出発前には出来るだけ自分の感情を整理しておくのがベハティの大切な心構えだった。
一方、ベンの表情は硬い。普段から変化に乏しい彼の顔から、表情どころか体温まで消え失せてしまったようだった。どんな話を持ち掛けても、黙り込むか上の空だ。「薬を用意した」「装備に細工して性能を上げた」と言っても、カッパーベルへの道のりを調べたと言っても、ふたりで鉱山の地図とヘカトンケイレス族の関連資料を交互に睨みつけている時ですら、返ってくるのは生返事ばかりだった。
「……今日はもう休もうか、ベハティ」
ベンはこうなってしまうと手の打ちようがない。サスタシャ浸食洞でも似たようなことが起きたが、今回も同様、彼には行動で示すしかないのだ。自分が確かに彼の同僚であり、ツーマンセルで行動しているエオルゼアでの任務においては、相棒と呼ぶべき存在であることを。
今のところ、彼がベハティを呼ぶ時の「同僚」という肩書きは、どうしても言葉だけが上滑りしているように思えてならなかった。ベンが自分を尊重した結果、そう声をかけているのはわかっている。彼はベハティの未熟な部分を補い守ろうと必死になっているのだ。それがわかるからこそ、彼女は彼を責められない。だから余計に苦しいのだ。苦しいと言えない立場であることも、彼に苦役を強いているのが他ならぬ自分だということも、すべてが手にとるようにわかるから。
「寝るぞわしは!」
ベハティがベッドに潜り込んで横になっても、ベンはベッドの端に座って何事か考え込んでいた。少しだけ開いた窓から、砂漠の夜に冷やされた風が入り込んでくる。昨夜の空にはあふれんばかりの星が散らばっていたが、いまは薄く雲のかかった濃紺が広がるばかりだった。雲に遮られ朧げになった月明かりが、ぼんやりと二人を照らしている。ベハティはベンに背を向けるように丸くなると、固く目を閉じる。ウルダハに来てから一番長い夜だった。
ーーー
こんにちは!ベハティの背後霊です。
FFシリーズはやったことが無く、設定や世界観を勉強しながら書いているので中々書き上がらなくて焦っちゃいます。タムタラの墓所の話はしばらくの間はベンさんにあーなんじゃないかこーなんじゃないかと私の考えをたくさん聞いてもらったり、調べてもらいながら自分達なりに書いてみました。
異界ヴォイドからどんな仕組みで妖異が来るのかーとか、ネタバレを頑張って回避しつつ、推理したり考えていたので実際の設定とは違う所もあるかもしれません。
大変ですがこういうやり取りが出来る相手がいて本当に助かっておりますし、楽しいです!
ところでこの次に行くであろうカッパーベルの話は地味に今後のベハティのスタンスを示す、伏線というほどではありませんが大事なところだと思います。ヘカトンケイレス族に対しての考え方もそうですし、彼女が自分の目的を曲げるかどうかとか、何かもろもろです。その時、ベンさんはどう感じてどう動くのかも今から楽しみだったりします(ベンさんごめんなさいw)
色々言いたいことは思いつくのですが、あまりに取り止めが無さすぎるのでこのあたりで……!
ではでは!ごきげんよう!