アリスとテレスのまぼろし工場
23/10/1、上記映画を観ました。
今更かよって感じですが、予定が無い土日がそもそも久々なので…(車不所持地方民は平日に映画を観に行こうという発想がそもそもありません)
言語化する事でこの不定形の感想というか情感みたいなものを捉えておかないと、勿体無い気がするなぁと思ったのでこうして記しておきます。
ネタバレあり。
岡田麿里監督
この作品を語る上でどうしても避けて通れないのは本作の脚本・監督を手掛ける岡田麿里その人なのですが、肝心のその人に関して俺あんまり知識が無い、作品もそんなに通ってないし。
ぼんやりとしたイメージとしては恋愛感情を基調としたエモーショナルな部分に比重をかなり置いている人で、その為にはある程度の論理の飛躍やストーリーの変容も辞さない…みたいな感じがある…かな〜。
んー、書きながらちょっと違うなと思った。というよりは本人の中ではその論理が完結しているけどそれを理解するには作品内の小さな機微を見落とさないようにしないと振り落とされる…みたいなイメージがある。
すごい簡単に言うと"優しくない"と言うのが自分の所感です。
この時点で「全然ちげ〜よタコ!」という岡田麿里さんフォロワーの声が聞こえてくる気もしますが許してください。
前述したイメージ(偏見)に乗っ取って本作を解釈するなら非常に岡田麿里らしい作品だったような気がするし、俺はどうにか振り落とされなかった…か…?くらいの自信しか無い。
雑感
変化に伴う痛みや喪失感すらも美しく描き、不変を願う佐上や、色ボケや原さん…そして主人公の"秘めた想い"も肯定している。
最後は不変への肯定とは違うけれど、己の内に閉じ込めている変わらないものを開放してあげることを"変化"と呼ぶのであれば、これもまた不変/変化…双方への肯定なんだろうな。佐上は凄いやつだ…みたいなフォローは少し急だった気もするが、あれもまた一つの在り方として作中では認められていると思う。
園部さんが消えたのは止まった時の中での"退屈を誤魔化す遊び(だっけ?)"の筈がいつしか主人公に恋をしてしまったからだし、睦美や主人公が消えないのは閉じ込められる前からお互いに恋をしていたからなんだなぁ〜と今更気付いた。
もはや誰が正しい間違っているみたいな話ではなく、人間…もとい感情讃歌的な作品になっていると思う。
それ故に要素が多くて受け取り方が多様かつ困難になってしまうのが、本作の良い点でもあり優しくない点でもあるな〜。
変わるものと変わらないもの、その両方を尊ぶ発想は歓迎だけどここまで大仰に演出されると「ウワ〜、分かりましたよ〜」と若干食傷気味に感じてしまうのは単純に好み…というか私のキャパシティの問題だと思う。
狼のモチーフがとにかく出まくっていたのは何か理由があるのかな。
睦美
コイツはヤバすぎる♪
「テメェやっぱオスかよ」よりも「キスしたくらいで調子に乗らないで」の方がWow♪Wow♪という気持ちになりました。乗るだろ、調子に。
実際凄い魅力あるヒロインだと思います。
全てが裏返しで棘だらけの感情の裏には非常にか弱い少女が在る。手編みのセーターから伝わる不器用な愛情表現。
五実との別れなんかはもう"ドワ〜〜コイツ〜〜"という感じだったが、ここまでぶった斬るが故にラストの"はじめての失恋"という言葉が重みを帯びてくるのはニクい構成力だね〜と思いました。思春期の少女として、一児の母として、あの列車から飛び降りる直前の睦美はあまりにも生々しく非常に魅力的に見えた。
それとは別に、現実世界の睦美が五実とはぐれてしまう過程がしんど過ぎたな〜玄関で顔を覆う睦美のカットが映った時、もうあそこだけで「五実……帰りなさい!!!」という気持ちになってしまいました。やはり母と娘をやられると…な!
おわりに
あまり長くなってもただでさえ拙い文章力が露呈するだけなのでこの辺にしておく。
しっかりいくつかのシーンで泣いているんですが、エモーショナルに畳み掛けてくる作品が故に頭がゴチャついて肝心の「あそこが良かった」みたいなのをすぐ出せずお恥ずかしい限りだ。
好きか嫌いかと言われると難しいが、それを確かめる為にもう一度観たいなと思わせる作品でした。
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