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小説

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2022年3月の記事一覧

(えっ、これって泥棒にならないの?金に困っているのか?)四郎はちょっと頭が混乱し、何と返答してよいか困ってしまった。高橋先輩はトイレットペーパーのことについて何とも思っていないようで 「お前知ってる?NTTの株の事」

今は簡単に証券口座を開設できるが、当時はネット証券など無かった。株を取引するには証券会社に行くか、電話で注文しなければならなかった。

高橋先輩は会社備え付けのトイレットペーパー2ロールと茶封筒(某大手証券会社の社名が印刷されていた)を小脇に挟んでそそくさと立ち去った。

「あ、はい。民営化したんですよね」 ※昭和60年(1985年)、国営公社「日本電信電話公社」が民営化されて日本電信電話株式会社(NTT)が設立され、昭和62年(1987年)に株式が公開されました。初値は160万円で2ヵ月で最高値318万円をつけた。しかし、

そのトイレットペーパーの包装は白地に緑色のローマ字で「NIPPON」と製造会社名が印刷されていたもので、いつも会社のトイレに予備として置かれていたのを目にしていたのですぐにわかった。

(やっぱり、噂通りの人だ) 高橋先輩のことは顔と噂は知っていたが、この時が初めての会話だった。

「ほどほどに適当に仕事なんてやってりゃーいいんだよ」 まだ入社したての新人にかける言葉ではない。成り行き上で就職したが、曲がりなりにもその時の俺は少しはやる気があった。(ような気がする) 「あ、はい」 なんて返答して良いかわからず、肯定とも否定ともとれるような曖昧な返事をした。

その先輩の名前を言い忘れていたが、高橋さん。高橋先輩は上下ジャージ姿で手にはトイレットペーパーを2つと茶封筒を持っていた。 「へー、お仕事ですか」 と、からかい口調で声をかけてきた。 「はい、能力不足で仕事が溜まってしまって」 と一応先輩なので先輩なので丁寧な口調で答えた。

ヨシ子の話を上の空で聞き流し、隙を見てはスマフォ画面をチラ見いている。「チィッ」と四郎は反射的に舌打ちしてしまった。「EGテクノロジー」の価格は初値をつけてすぐに上昇していたが、今は初値からだいぶ下がってしまっている。わずかながら含み益であるが、売り時を逃したのは間違いない。

 四郎はこの着ぐるみの名前が「リスリン」と呼ばれていて、主役キャラクターである「パンダン」(国民の8割りは知っている)の脇役の一匹であると、後から知ったのだった。  パンダの着ぐるみなんかより、初値がついた後の株価が気になって仕方がない。

ねぇ、スマホばかり見て楽しくないの?」 ヨシ子は四郎の顔色をうかがいながら言った。 「あっ、楽しいよ」 と気のない四郎の返事にヨシ子は納得していない様子であった。しばらく二人の間で沈黙があったが、ヨシ子はリスを模した着ぐるみを見つけたとたん、駆け寄って行った。

また、バブル時代は定期預金だけでなく、「リッチョー」「ワリコー」「ビッグ」という名前の「割引金融債」「利付金融債」「貸付信託」という金融商品も人気を集めていた。土地も株も青天井に上がり、大気圏を突き破って宇宙まで届きそうな雰囲気であった。

その先輩は年齢が40代くらいだったと思うが、詳しい年齢は憶えていない。独身で職場の近くに住んでいたので、先輩が休みのときに、突然、職場に現れることがたびたびあった。その時の服装がジャージにTシャツという、背広が当たり前の職場では目立っていた。

職場の同僚たちは表立って態度に表さないが、陰で周りからは「変わり者」扱いされていた。そんな先輩が財テクをやっていることを知ったのは、俺が休日出勤したときだった。