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アメージング・グレイス


出典
医学教育出版 KOKUTAI 2004年2/3月号
Amane Koizumi


Amazing grace how sweet the sound that saved a wretch like me
I once was lost but now am found was blind but now I see
(大きな満ちた神の恵み、なんて優しい響き 哀れな私を救ってくれた。
迷っていた私、そして今、道が開ける。何も見えなかった私、だが、今、悟った。)

2年前に乳癌で亡くなった母が、癌との闘病中にこの歌を好んで歌っていた。もともと彼女がこの歌を知ったのは、彼女の乳癌が発見される前で、その美しい賛美歌のようなメロディーに惹かれたらしい。その後、彼女は乳癌を患い、死への階段を一つ一つ上っていく中で、この歌詞を知り、この歌により深い共感をもっていった。

 乳癌が発見される前から、彼女自身は血性の乳汁が出ていることに気づいていたが、怖さもあったのか、病院に行くことをしばらくためらっていた。その間に癌が進行したのであろうか、最初に癌が発見された時点で既に手術では取りきれないまでに広がっていた。彼女の闘病生活は数年におよび、その間に化学療法などのために入退院を繰り返した。その闘病生活の中で、彼女は、時に死を恐れ泣き出すこともあったが、人間の生や死について何かを悟り強くなっていった。アメージング・グレイスの歌詞は、彼女のそうした悟りと重なり、彼女の救いとなったのであろう。

 もともとこの歌は、200年前につくられ黒人唱歌である。アフリカからアメリカへ黒人奴隷を送っていた奴隷船の船長ニュートンが、遭難しかけた船で「無事に」奴隷達をアメリカへ送り届けた後、自分の行いを悔い、奴隷達への思いをこめて作った歌なのだそうだ。この歌は、その後、アメリカで奴隷となった黒人達の間にひろまった。アメージング・グレイス(大いなる神の恵み)というタイトルとこの歌詞が、卑劣な扱いをうけ惨めな生活を強いられた奴隷達への希望の光とうつったのであろう。

 最近、この曲がフジテレビのドラマ「白い巨塔」の主題歌として使われている。ボストンでも数週間遅れで「白い巨塔」をみることができ、日本人の間で話題になっている。もともと、アメージング・グレイスを医療と結びつける発想はなかったと思うが、現代医学の抱える問題の中、このドラマのテーマの一つにもなっている終末期医療や大きくかわっていく医師ー患者関係などと、この歌詞は良くマッチしていると思う。とくに終末期医療は、死への階段を上っている決して治ることの無い患者を扱うこととなる。現代医学では彼らを救うすべはなく、医師は時に絶望感に襲われることもあろう。アメージング・グレイスの歌を作った奴隷船の船長の絶望感と似ているのではないだろうか。ちなみに、この歌の作者、奴隷船の船長は、後に船長をやめ牧師になったそう
だ。

 医療や医学、そしてまた医師は万能ではないことを肝に銘じなければならない。病気を扱うことはできても、患者の心の世界は医学では説明ができない。乳癌との戦いの中、死を悟った母がみつけたアメージング・グレイスは、医師や現代医学では手の届かない人間の生と死の本質を見ていたのかもしれない。

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