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『いいね』とかいうクソ曖昧な基準に塗れた世界で、多少マシに生きていく

こんにちは。あまねこです。メタバース空間で写真を撮ったり、200人規模のDiscordマネージャーをやったりしています。

みなさんは「いいね」は好きですか?

僕は嫌いです。

なぜなら、自分の投稿の"どこ"を見ていいねと思ったのかさっぱりわからないし、「いいね」と思ったからポチポチしているわけではないから。

というのは割とどうでもよくて、一番嫌いなのは「どうすればいいねをたくさんもらえるか」とかいう他人本位の承認欲求モンスターになる。自分が周りに振り回される仕組み自体が嫌いです。自分から変わるのではなく、仕組みに踊らされている感じ。学校で普通の人になる教育をされているみたいで本当に気持ち悪い。

そんな周りのことを気にせずにはいられない仕組みに塗れた世界で、すこしでも"自分らしさという領域"を守るためにやってきたことを書き殴っていこうと思います。

いいねされない発信をする

もう少し詳しく言えば共感されない発信をすることです。

共感するものって見た人が実際に体験したり、見ただけで"体験したように錯覚する"ものとかがありますよね。スレッドがついた長文のネガティブエピソードとか漫画とか。

そういうものじゃなくて自分しか体験したことがなくて、しかもどうでもいい内容だったら興味ないですよね。iPhoneの背面タップでスクショ設定してる人なんてほとんどいないでしょう。

僕のツイッターは基本的にクソどうでもいいことをつぶやきます。

僕がいいねしてほしい"中身"を考える

僕が撮影しているメタバース空間(VRChatっていうんですけど)では誰もが自由に写真を撮って、多くの方がTwitterやインスタに投稿しています。

そんなニッチな世界でもいいねされやすいコツみたいなのがあります。

・自撮り写真
・可愛い写真
・有名になる

最後はジョークに見えると思いますが、なんなら一番重要なエッセンスです。有名じゃない人はいいねされない。

そういういいねされやすいものに合わせるのではなく「自分の写真のこういう部分をいいねしてほしい」と明確にするといいのかな~って思ってます。

可愛い自分を見てほしいとかね。

僕が撮影するのは風景写真。自撮りじゃないし、可愛くないし、別に有名でもない。

でも、夜中に浮かぶ赤信号と枝分かれしている標識の組み合わせによる迷走感とか、花の綺麗さとか、砂漠と青空のコントラストとか、ツルが成長し続ける植物のたくましさとか、そういうのにいいねをしてほしかったりするんですよね。でもSNSではすぐに情報が流れるし、観察時間が極端に短い。

そんな写真を『いいね』して頂けたら、合計が1いいねだとしても、とてもありがたいものになるんですよね。

とはいえ、いいねを貰った方がフォロワーは伸びるし、仕事も増えるし、モテる。嫌いでも付き合っていかないといけない

というものなんですよね~

そろそろお昼ご飯を食べる時間なのでここで終わります。

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