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「国際男性デー」から「男らしさ」について考える

こんにちは!株式会社iCAREで人事をしている、こうの です。

みなさん、11月19日は「国際男性デー」という日だったのですが、ご存じでしたか?
「国際男性デー」とは、男性の心身の健康やジェンダー平等を考える日とのことで、ネットニュースから飛んでいろんな記事を読むと、『「男だから」生きづらい』『男らしさの呪縛』となかなかのインパクトなワードが…。

私は女ですが、家族は旦那も子どもも男。家庭内で、3分の2が男と考えたら、人ごとではない!ということで自分なりに考えてみました。

男らしさ、ってなんだろう

では、そもそも「男らしさ」ってなんでしょう。さっそく、こんな本を読んでみました。

これからの男の子たちへ :「男らしさ」から自由になるためのレッスン

「有害な男らしさ」とは

この本の中に、「有害な男らしさ」というワードが出てきます。
1980年代にアメリカの心理学者が提唱した言葉で、調べると...

有害な男らしさ(ゆうがいなおとこらしさ、英語: Toxic masculinity)の概念は、学術的・メディア上の男らしさの議論において、社会や男性自身に害を及ぼすような特定の文化基準を指すのに使われている。男性が社会的に優位であるという伝統的なステレオタイプは、性的暴行ドメスティックバイオレンスなどの暴力を助長するという理由から「有害」であると見做すことができる。家父長制社会における少年の社会化は、いじめや攻撃に対する「男の子は男の子」という言葉に代表されるように、しばしば暴力を常態化させる。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

おお…。なんだか攻撃的なワード。
つまり、「男なんだから一家の大黒柱でいなければ!」「競争社会で戦ってこそ男だ!」のような価値観が、よくない方向に働いてしまっているよ、ということです。

また、この価値観は他者への攻撃性だけでなく、自分を追い込んでしまう原因にもなるようです。
限界まで誰かに相談したり弱音を吐くことができなくて自殺や過労死に繋がってしまったり、お酒に頼ることでアルコール依存症に繋がってしまうこともあります。男性の方が自殺してしまう人が多いのは有名な話ですよね。

「有害な男らしさ」の種を育てていないか

でも、息子が大人になることには、そんな社会の意識がアップデートされてるんじゃない?なんて思ったのですが、今まで根付いたものはすぐに無くなるわけではないようです。
そもそも、気づいたのは私の中に無意識にある「男の子なんだから」という価値観です。

今回の本は育児本なので、子育てに関する話がメインなのですが、けっこうドキッとするワードがたくさんあって、個人的に気になったのが男子ってバカだよね問題。
何度注意しても言うこと聞かない、ふざける、すぐ物を忘れる、のような男子あるあるに対して「男子ってバカだよね~」「男子ってみんなそうだよね~」と言ってしまいがちなお話です。(私も言ってる…。ちょっとおバカなところが可愛いよね~なんてニュアンスでよく使ってる…。)
ただ、性別を理由に「しかたない」で流してしまうことによって、暴力的なふるまいの萌芽や、自分や他人の痛みに鈍感な状態をそのままにしてしまう理由になりませんか?という問いかけです。

必ずこの言葉がダメというわけではなく、『有害な男らしさの種になってしまうかもしれない。こういったことは日常にあふれてるから、その罠に落ちないようにすること、落ちても這い上がれるようになることを大人として支援していこう。』という内容になってます。

「男の子だから泣かないの」とか「男の子同士の喧嘩だからお互い様だよね」というワードって言いがちですが、確かに毎回言われていたら弱音を吐きにくい状態に繋がりますね。
他にも、カンチョ―放置問題、男の子の意地悪は行為の裏返し問題など日常で「男の子は●●だよね~」となりそうなシチュエーションが複数あり、
無意識に性の刷り込みをしていないか、反省するきっかけになりました。

価値観をアップデートするということ

上記で述べた「男が一家の大黒柱」や「男は競争社会で戦う」というのは、だんだんと時代の価値観として変わっていっていると思います。
ただ、ここで個人的に思うのは、誰かと競うことでやる気が出る人もいますし、家庭内で頼られてかっこいい理想像を目指すことも素敵だと思うのです。
あくまでも男らしいのではなく、その人らしさ、ということです。
時代からずれてきた人たちを「ただの古い人間」として扱ってしまうのは、それも一種の生きづらさに繋がるような気がします。

大事なのは、『自分の価値観は当たり前ではなく、人に押し付けるものではない。そして時代とともに価値観は変わる』ということと、『人間は、男性・女性のどちらかではなく、様々な生き方がある』ということを理解しておくことなのかもしれません。

また、子育ててで気が付いた自分の無意識な性差別をそのままにしないことで、自分はまだまだ成長していけるのかもしれません。

おわりに

最後に私の大好きな、エマ・ワトソンの国連スピーチの一部を残します。
自分の当たり前が、自分だけの大切な信念なのか、それとも他者からの押し付けで擦りこまれていないか、考えるきっかけになったら嬉しいです。

男という固定概念に囚われている男性について、話すことは多くありません。しかし、私には固定概念を押し付けられていることが見えます。彼らが固定概念から自由になれば、自然と女性にも変化が起きるのです。

もし、男性として認められるために男性が攻撃的になる必要がなければ、女性が服従的になるのを強いられることはないでしょう。もし、男性がコントロールする必要がなければ、女性はコントールされることはないでしょう。

男性も女性も、繊細でいられる自由、強くいられる自由があるべきです。今こそ、対立した二つの考えではなく、広範囲な視点で性別を捉える時です。

BuzzFeed Newsより



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