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強盗に思われた❗️

 ヘアドネーションのために、郵便局にレターパックを購入しに行った。正午過ぎなので、お客も職員も少なかった。
 真愛が入ると、直ぐに局長さんらしき方が立ち上がって近寄って来た。郵便窓口に向かう真愛を目で追いながら、窓口係りの人の直ぐ後ろに立った。今にもブザーを鳴らしそうな手の位置だった。
「何か悪いことしたかな?」
と思いながら、
「レターパックありますか?追跡付きのがいいんですけど。」
「はい。ありますよ。二通りありまして、こちらが手渡しのものですね。」
と、窓口係りの若い男性は、丁寧な応対をしてくれた。
「では、こちらを。」
と伝え、支払いをしようと財布を出した。
 すると、彼の後ろに立っていた局長さんは、安心した様に自席に戻って仕事を始めた。
 変な人だなあと思いながら、若い男性に出来るだけ可愛く「お世話様でした!」と言って、郵便局を後にした。
 外は冬とは思えないほどの眩しい光が満ちていた。車の中は、autoにしてあるので冷房が入った。
(紫外線避けのサングラスを掛けなくちゃ)とサングラスを探した。
《分かった。真愛は、強盗に思われたのだ。》
郵便局に入るのにサングラスを外すのを忘れていたのだ。今のご時世なのでマスクは必ずつける。

 笑笑。真愛は、強盗に間違われた。
そう思うと、局長さんの不審な動きが理解できる。
 不審者真愛が入って行ったので、急いで防御姿勢に入った。
 いつ、危険な状態になってもいい様に手は、「緊急ブザー」に向かった。
 更に、お財布を出す時には、「ナイフ」か「銃」が出てくるのではないかと思ったのだ。
 だから、ピンクのお財布を出し、可愛らしそうな声で話していたので、「嗚呼。若い作りのおばあちゃんなんだ。」と思ったのだ。
 ひょっとしたら、焦って行動をした自分を反省したか、おばあさんに騙されたと苦笑したのかもしれない。
 人の思い込みなんてこんなもんだ。
 後から気づくと大笑いのネタになる。
 間違われた真愛が己の顔を見て笑ってしまった。面白過ぎて、直ぐ自撮りした。

 真愛の目は大きく、教員をやっている時に
「先生に睨まれると、蛇に睨まれた感じがする。金縛りにあうんだな!」
って、教え子に言われたことがある。
「先生は笑っている方がいいよ。可愛いし、優しそうに見えるもん。」
「絶対、高学年向きだね。一年生なんか受け持ったら、入学式から泣き出されそうだね。」
どの子も好き勝手に言ってくれた。
 厚洋さんも「俺は真愛のコロコロ笑っている顔が好きだ。」と言ってくれた。
 そんな真愛が、このコロナ禍でマスクをするということは、「笑顔」見せられないと言うことだ。
 笑顔を作るには、落ちてきたこうかくをあげ、2ミリぐらい上の歯を見せ、頬の筋肉を使い、やや目も細める。すると、眼光の鋭い真愛も笑って見える。ただ、ぎこちなく変な笑いだ。一番いいのは、「嬉しくて笑っちゃう」笑顔が一番いいと言われる。
 最近は、嬉しくて笑ってもマスクで見てもらえない。まっ、見てもらいたい厚洋さんがいないから別にいいのだが…。
 最近は、人と会う時には目と眉で笑顔を表現できる様になってきたが、サングラスを掛けていてはそれもできない。
 サングラスは、厚洋さんのものだから、「男物?」きっと凄みがあったのだろう。
 昔読んだ「梶井基次郎のレモン」で、
 本屋に行って、手に持っていた檸檬を帰りに置いてくる。平積みの上に。
そして、本屋を出てきて思うのだ。
「あの檸檬が爆弾だったら、今、爆発して…。僕は爆弾魔だ。」
 作品の一部には、こんなだった。
「変にくすぐったい気持ちが街の上の私をほほえませた。
 丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 私はこの想像を熱心に追求した。
「そうしたらあの気詰まりな丸善も木っ端みじんだろう。」
 この本を読んだのは、高校の頃だからそれから50年近く、時々思うことがあった。
「もし、あれが〇〇だったら…。」
と、梶井基次郎さんの様に思ってほくそ笑んでいた。
 しかし、今日は一人で声を出して笑ってしまった。「あれが〇〇だったら…気づかないで…。」と思うのでは無く。
 何も考えなかったのに、真愛は強盗ができる状態だったのだ。
「100万いや1000万出しなさい。オレオレ詐欺で取られた分よ。」
 なんぞと、喚きながらバックの中に手を入れたままね。結局ブザーを鳴らされ、捕まるのだろう。しかし、愉快だった。
 さて、車の中で声を出して、ひとり笑っている真愛を見た人は、どう思っていたのだろう。「この人。何かいいことあったのかしら?」
 人からどう見られていても構わないが、人を見る時に、先入観で見ているとしたら、笑って済ませてくれる人ばかりとは限らない。
 教育実習生の時に、厚洋さんが子供を叱りながら「いいか?梨畑で帽子を直したらどう見られる?」「スイカ畑で靴紐を結び直したらどう見える?」と絵を描き、身振りをして話す姿を見た。上手い教え方だと思った。
 「夜夜中、女一人の処へおいでなされました、あなた様が御自分に疵きずをお付けなさる様なものでございます。
 貴方だッて男女七歳にして席を同じゅうせず、瓜田に履を容れず、李下に冠を正さず位の事は弁わきまえておりましょう?」
これは、「怪談牡丹灯籠』の一節だ。
 ちなみに、梨ではなく「李・すもも」だったが真愛も厚洋さんもずっと「梨」だった。絵が描き易いからかな?教職について辞めるまで、使わせてもらった。
 笑いながらnoteを書き、反省しきりだった。車から降りる時は、必ずサングラスを外してからマスクをしよう。
 強盗だと思われたおばあさんの思いだ。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります