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いい夫婦の日

 11月22日、10時に気がついた。
「今日は、いい夫婦の日だものね。」
 先週、我が家に来てくれた厚洋さんの同僚だった方に、拙著「白い花にそえて」をお渡しした。
 直ぐに読んでくださり、
「貴女への厚洋先生の愛の深さと真愛さんの可愛
 すぎる愛のあり方が素敵でした。
 本当に良いご夫婦だったのですね。
 亡くなった今も、良いご夫婦ね。」
と言われて、思い出した。
「ありがとう。嬉しいです。
 あっ。今日っていい夫婦の日よね。
 旦那様とお祝いして!
 お互いが健やかでいる事。
 そして、「愛してる💕」って言ってね。
 彼が元気な頃は、この日には必ず一緒に食事に
 行ったし、帰って来た後の晩酌のおつまみも、『貴方と結婚できて幸せ』の表現をしたわ。」
と、思い出話をした。
 去年の日記には、スポーツクラブのリラクゼーションプールに入りながら、
【3年前は、このリラクゼーションプールに入り
 ながら、今夜のおつまみは何にしようと考えて
 いたのだ。側から見れば変わった夫婦に見えた
 かもしれないが、真愛は厚洋さんと一緒で幸せ
 だった。彼がどう思ってるか分からないけど、
 変わり者同士で「いい夫婦」だと思うって書い
 てある。
 その後一年も経たないうちに、逝ってしまうの
 なら、もっともっと「いい夫婦だった。」と、「ありがとう。」と言えば良かった。】
と書いてある。
 去年も一昨年も先一昨年も4年前も5年前も、笑っちゃうほど書いてある。
 何かのイベントや記念日の度に、毎年思い出すのだ。真愛が厚洋さんと過ごして来た43年間の夫婦生活を。

 プールでも、ご夫婦の話になった。
 話のスタートは、長く泳ぐ仲間がミストサウナに入って愚痴ったことからだ。
「どうも、あの男の人が泳いでいるとダメ。」
「うん。どうぞお先にって言うくせに、
 直ぐ後から追っかけてくるように泳ぐなんて
 嫌だよね。」
「バシャバシャやって変な動きをする男も…。」
「歩いていても、変に話しかけてくる人も嫌よ」
「あの男の人が来たら、逃げちゃうわね。」
「それに、今、ジャグジーに入っているご夫婦。
 あの人たちも嫌。」
「分かるわ。
 いつも二人でピッタリくっついていて、
 なんだか気持ち悪い。
 旦那さんを奥さんが監視してるのか、奥さんを
 旦那さんが離さないのか分からないけど、
 一緒にいるの嫌じゃないのかしら?」
と言う。
 耳をダンボにしながら話を聞いた。
 そうか、「好き、好き。」ってペタペタしている二人を見るのは、余り良い気分ではないようだ。
 若い二人なら致し方ないが、年をとって来たら、個々独立した夫婦関係の方がカッコいいのだ。
 旅行だったり、買い物だったり夫婦仲良く手を繋いでいるのは、微笑ましく思える。
 しかし、プールに来てまで、ジャグジーまで一緒に入っているのが自立してないように見えるのだろう。
 この会話が、外でもペタペタしたがったのに、させてくれなかった厚洋さんの考え方だったのだろうと思えた。
 家の中では、真愛のペタペタを嫌がらなかったし、むしろ喜んでくれていたからだ。
 入院してからの厚洋さんは、きっと真愛の望みを叶えるために、最後の力で、看護師さんや先生の前で真愛とペタペタくっついてくれたのだ。
 沢山の「キス」と
 沢山の「愛してる」と
 伝えきれなかった思いを全力で伝えた感じがする。

 おりしも、昨夜の大河ドラマ「青天をつく」で、栄一さんの奥さん(千代さん)が亡くなる話だった。素晴らしい奥様で渋沢栄一さんがあの様に自由に生きられたのは、彼女が正妻さんであったからだと思った。
 当然、渋沢氏も同じように感じていたし、儚くなる瞬間まで彼女に語りかける言葉が素敵だった。
「千代、行くな。俺を置いて逝くな。
 お前がいなかったら、俺は生きてはいけない。 
 俺はお前がでぇすきなんだ。」
 真愛が厚洋さんに言った言葉とおんなじ!
 真愛が自由に生きてこられたのは、束縛されず伸びやかに、全てを認めてくれた厚洋さんだったからこそできたのだと思う。
 真愛も厚洋さんのあるがままを認められ、厚洋さんを尊敬できる人と思え、彼も自由に生きてくれたと思うし、「好きな事をした伸びやかな人生」だったと思う。

 山本周五郎の《ながい坂》の中で、主人公の武士が妻を隣にして、
「連れ添う者に身を任せ、安心して幸不幸を共に
 しようとする女の姿ほど、いじらしく愛らしい
 ものはない。
 この平凡な分かりきったところから、男の最も
 男らしい働きが生まれるのだ。」
と思う。
 すべてに反対されても、どんなに不幸になっても厚洋さんと離れたくなかった。
 そんな真愛を見ていた厚洋さんは同じように思ったのだろうか?
 嫌いなネクタイもして、スーツも着た。
 下駄もジーパンも学校には履いて行かなくなった。真愛のことを考えてくれていたのだと思う。

 新婚の頃、真愛の同僚が占ってくれた。
「厚洋さんは真愛と一緒になって、落ち着き、
 持っていた力を発揮する。」
「真愛さんは、厚洋さんと言う伴侶によって、
 勇気や自信を持って生きていける。」
「二人とも穏やかな晩年を迎える。」と。
 占い通りの良い人生だった。
 真愛と一緒になってから、様々なところでリーダーになり、講演もするようになり、教育関係の原稿依頼もどんどん来た厚洋さん。
 真愛も厚洋さんと言う師でもあり、支援者・助言者と共に生きて来たことで、卑屈な性格は、少しずつ自信を持ち、自分らしく生きられた。
 お互いに退職してから、厚洋さんは13年、真愛は、5年。夫婦の晩年は穏やかだった。
 入院中の45日間は、燃え上がるような恋をすることも出来た。

 彼が逝って1163日。
「カッコいい夫婦」だったんだ。
「本当に良い夫婦」だったんだ。
 いい夫婦の日に、真愛は、
【厚洋さんのお嫁さんになれて幸せ】だったと、また思う事ができた。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります