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愛しい人の声 言葉 生きる力

 もう839日経った。
 去っていく日々と共に、愛しい人の声も薄れていく。
 そんな時、聞こえて来たのが彼の歌声だった。
 恥ずかしがり屋の彼は、写真も撮ってくれる方で撮られていない。真愛や拓の写真は沢山とってくれたのに彼がいない。二人で写っている写真が少ない。
 音声ときたら皆無である。
 
 真愛が初めて厚洋さんに会ったS小学校での教育実習。その最後の精錬授業のカセットを取ってくれたのは厚洋さんだった。
 理科学習「光の進み方」の指導をした。
 その日は、運悪く曇っていたので、OHPを光源にして学習を進めたが、電源の使いすぎでヒューズが飛んだ。
「あーぁ。」
って声が入っているが、厚洋さんの声は無い。
 
 婚約中も、新婚の時も、毎晩のように飲みながら歌を歌ってくれたのに、カセットに吹き込むことはしなかった。
 
 子供が生まれて、8ミリカメラを買った「私にも写せます。」っていう宣伝に乗せられた。
 彼は何本も息子と真愛を撮ってくれた。
 しかし、機械が古くなり一本のフィルムが残っているだけだ。彼の映像が残っているかどうか分からない。
 その後、ビデオカメラを何台も買い換えた。
真愛のフラメンコの練習会の様子など撮ってくれたが、自分は写っていない。
 俳優さんではないので、亡くなった後も彼の姿が見られるとか、彼の声を聞くことが出来ない。今は、俳優さんでは無くても、ビデオで、もう一度会えるのになあ。(亡くなった方の生前の姿を見ることは肉親にとっては、凄く辛いものかもしれない。) 
 
 だから、つい最近、厚洋さんに
「夢の中で話してくれないと
   貴方の声を忘れてしまいそうです。」
と、愚痴を言った。
 
 記憶の中で、彼の声が薄れていくのが悲しかった。
 あの声で慰めてくれたのに
 あの声で褒めてくれたのに
 あの声で叱ってくれたのに
 あの声で愛してくれたのに
     会いたい。声が聞きたい。
     泣いた。声を上げて泣いた。

 しかし、凄いことに気がついた。
     ー歌だ!ー
 45年前の12月。
 真愛が失恋し、彼の所に泣きに行った時。
 一晩中歌ってくれた「陽水の「白い1日」の歌声。
 あのねのねの「日記」
「22才の別れ」「カレーライス」
「ふれあい」「思い出枕」「池上線」…。
全て厚洋さんの歌声で思い出せた。
 声の記憶も繰り返し思い出せば
        薄れないことがわかった。
 あの夜のドキドキ感と一緒に思い出せた。
 愛しい人の声を思い出し「生きる力」がちょっと復活。

 声の話は、以前にも書いたことがあるが、真愛の声は、ハスキーボイス。
 渡辺真理子に似てるとか。マクレイというジャズシンガーに似てるとか厚洋さんに言ってもらえた。
「キンキン声より、俺は好きだ。」
って言ってくれたのが嬉しかった。
 だが、せいぜい「5番街のマリー」ぐらいしか歌えない。高橋真理子さんの歌声は素晴らし過ぎて、褒められた彼の前で歌うことは少なかった。
 
 稀有なことだが、彼が死の床に着いた時。
「もう一度家に帰りたい。」の願いから、亡くなる10日前に一時帰宅をした。
 その時のことだ。
 一晩めは、無事に生活をして、翌日の夜。
「寝られないからカラオケをしよう。」と言うことになった。
 
 彼は、苦しいので
「俺は聞くだけね。真愛が歌う。」
 真愛は、何曲も歌わせられた。
 厚洋さんは、人工呼吸器を着けたまま,一緒に口ずさんでくれた。
 そして、真愛が「ジョニーへの伝言」か「5番倍のマリー」を歌っている時に彼の容態が急変しのだ。
 TVは、カラオケの画面のまま、救急車を呼んだ。
 
 再入院した彼に、
「真愛の歌声で、具合が悪くなったの?」
と聞くと、
「そうかもしれない。
 具合が悪くなったんじゃ無くて
    歌声にびっくりしたんだ‼️」
 
 厚洋さんのちょっとした変化に真愛が焦って、救急車を呼んだのだと彼は少々不機嫌だったが、
「俺は元気だった。心外だ。
    真愛の歌、悪くない。」
と言って笑ってくれた。
 それは、「歌のせいじゃない」と言うこと?
 それとも、「真愛の歌は、良い」ってこと?

 今となっては聞けないが、
 彼と一緒に歌った歌を、
 彼の声と一緒に思い出せた。

 彼の声を聞いているだけで、心が癒された。
 
 声といえば、まだ携帯が普及する前、真愛にかかって来た電話を受けた厚洋さんが言い当てたことがある。
「今の人、美人だろ?」
「今の人、太ってる?」
 彼は、挨拶だけ交わした人の性格や体型を声だけで当てた。
 美しい人の骨格は、似たような骨格をしているので、同じような声なのだそうだ。
 体型は、脂肪分が声に影響するって言っていた。
 ただ、心にもないお世辞をいう人の声、汚い言葉を使う人の声を聞くと吐き気がしたり、怒りで震えることがあるとも言っていた。

「声も大事だが、
 その声で話す言葉の誠実さ・思いやり・
          真実が心に響くんだ。」
 亡くなった愛しい人の声が言う。

 電話で話すなら、
「笑顔で話せよ。」
「相手の話をちゃんと聞けよ。」
「すぐ消える言葉だからこそ、思いやりのある 
 言葉を使えよ。」
と。
 電話でなくても、心がけなくてはならないことかもしれない。
 「自由と平等を愛し,差別のない思いやりのある人」だった厚洋さんだったから、愛しい人の声だったから、真愛にとって聴きこごちの良い声だったのだと思う。

 優しい人の優しい言葉にころっと参った
 真愛の耳だったのだ。
 
 人には「自分にとって癒しの声」と言うのがあると思う。
 その声に出会えたら幸せだね。
 その声に「生きる力」ももらえる。
 

 
 

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります