見出し画像

子育てパニック 異常学校

「ねぇ、先生。
 今の学校変なのよ。聞いて!!」
と興奮気味に話してくれたのは、以前お世話になった紙屋さんの奥様である。
 彼女はうーんと若いのだが、もうおばあちゃんである。見た目と祖母という名称は関係ない。
「うちの孫がね。
 児相に連れていかれちゃった。」
「えっ?なんで?」
「宿題やらないでグスグスしていた孫を
 パパが両手でペシッとやったらしいんだ。
 花粉症やアトピーなんて持ってるから、
 ちょっと赤くなったんだね。
 それを学校の先生が見て
 児相に通報!
 親には渡せないので、
 おばあちゃんが保護してくださいって。」
「………。」
「で児相に行ったら、虐待だって。
 パパは、真面目な人だから、
 『はい。叩きました。すみません。』
 って言たんだよ。
 それでさぁ。
 児相の先生には、
『子どもさんが宿題をやりたくないって
 言ったら、やらせないでください。』
 って言われて帰って来た。
 でもね…。」
 このクソ暑い中、興奮して話すから、体内温度も急上昇する。若いお祖母ちゃんは手団扇でパタパタ仰ぎながら続けた。
「学級担任は、宿題をやって来ないと怒る。
 で、児相の先生は、やらなくていいって
 言う。
 親はどっち取るんだ?
 孫のためにどっちとったらいいんだかね。」
「うーん…。」
と、やや逃げながら
「おかしいよね。
 変だよ。
 なんで担任はすぐ児相なの?」
と昔の話を続けた。

 真愛が教員をやっていた頃にも、「子どもが言う事を訊かないから…。」と根性焼きをされていた子がいた。
 真愛の幼少時代は、根性焼きではなく
「お灸を据えてやろ!」と脅された。
「頭を叩くと馬鹿になるから」
と、お尻を何度も叩かれたことがある。
 母一人で子どもを育てていたので、
「世間様に顔向けできない子には
 なって欲しくない。
 後ろ指を刺される人のはなって欲しくない」
と、厳しく育てられた。
 だから、そんな子を見ると「児相」ではない。
 まず、聞いた。
「あんた、家でなんかした?
 その火傷、痛くない?」
 子どもは、ゆっくり丁寧に話を聞いてやると、いろんな事を話してくれる。
 最初のうちは、「なんでもない。」だったのが、「テレビばっかり見てたら馬鹿になる!」
って怒られて、口答えしたら、喧嘩みたいになっちゃって、最後は吸ってた煙草で
「やいとすえてやる!」となったらしい。
「で、あんたはどう思うの?
      父ちゃんが間違ってる?」
「俺がちゃんと宿題やったのを見せて、
 テレビ見る時間は約束の時間を守れば
 良かった。」
「そうだね。そんな事何回もあるの?」
 殆どが何度もされる子ではなかったし、「父ちゃん怖いし、母ちゃんも怖いけど優しい時もあるよ。」がお定まりの回答だった。
 子どもも充分に自分の悪さを分かっている。

「私の教員時代はいい時代だったのね。」
と、懐古結論にしてしまった。
「そっ!
 昔ならそんな事当たり前。
 今は、すぐ児相よ!」
「うん。
 真愛みたいな教員はすぐにクビだね。」
と笑ってみたが、教育界が変だ。
【学校が異常だ!】と思った。

もっと柔らかい学校だった。

 話は飛ぶが、小学校6年生の反戦文学教材に「川とノリオ」という作品がある。
 戦争という時代の中で翻弄されつつも母親の愛情に包まれて育つ二才のノリオは小さな幸せな神様だった。
 が、8月の6日。
 母ちゃんは広島に行き、帰って来ない。
 いつもなら
 川で遊んでいる(恐ろしい川)とどんなに忙しい母ちゃんでも、ノリオを連れ戻しに来る。 それが楽しくって、また、川に下駄を流す。
 母ちゃんは下駄もノリオも引き上げて
「ノリオ!ノリちゃん。
 このイタズラ坊主。
 今度やったら、やいとをすえてやろう!」
と叱る。
 叱られてもまた川で遊ぶので、お尻の側のお仕置きももう一度。
 そんな母ちゃんが帰って来ない。
 パンツも、下駄も、帽子も行ったきり…。
 戦争は、全てのものを奪い去り、ノリオはじいちゃんの子になった。
 父も白木の箱で帰って来た。
 母ちゃんは、あの日
      広島で焼け死んだという。

 小学2年のノリオはじいちゃんの手伝いをする。干し草刈りが彼の仕事だ。
 あの日の川は同じ川音で流れているが、戦争で奪われた「小さな幸せ」は、「悲しみ」という簡単な言葉では言い表せない。
 この夏の咽せ返る草いきれのように世界中を埋め尽くしているのだ。
 そんな戦争を起こした愚か者たちに、罵詈雑言を。唾を吐きかけてやりたいのに
 ーノリオにもじいちゃんにも
        何が言えよう ー
と、いぬいとみこ氏は堪える。
サクッ サクッ サクッ
      母ちゃん帰れようノリオ!
 ここまで、書いて来ただけで泣いてしまう。 
 一度読んで頂きたい。
(まして、8/6がまた巡ってくるから…。)

 戦争の中でも、子どもを思う母親の愛情、親を慕う子の切ない思いが伝わってくる。
 さて、この母ちゃん
「ノリちゃん。このイタズラ坊主。
 今度やったら、やいとをすえてやろう!」
と言っているのである。
「やいと」とは「お灸」のこと。
 我が母と同じなのである。
 現在は、この母親は、【即、児相通報】である。そして、子は親から引き離されるのである。
 世の中が変わったから、教育も変わると言われればそれまでだが、子どもを教え育むという行為や思いは、普遍的でなければならないのではないだろうか。
 教師も児童相談所も昨今の親の虐待による事件や事故が報道されているので、少々過敏になっているのではないだろうか。
 要するに、「知っていたのに放置した」責任を回避するために、なんでも「はい!児相!」と逃げるのではないだろうか。
 全ての人間が、「保身」のために生きているのだ。
 教師にも生活があるのはわかる。
 しかし、真愛や厚洋さんの時代には、「教師は、家でも教師」だった。そのお陰で、息子には随分悲しい思いもさせたし、我慢もさせた。
 申し訳ないと反省するが、間違ってはいなかったと思う。
 己の保身のためではなく、「いかにしたら、子どもたちが今を楽しく、未来への力をつけてやれるか。」と考えていた。
 良く2人で話したことは、
「クビ覚悟でやる。
 そうなったら、別の仕事に就けばいい。
 申し訳ないが俺を食わせてくれ!」
っていうのが決まり文句だった。
 どうせ、お給料入れてくれないのだから、同じことだと思ったが、厚洋さんの心意気は好きだったし、真愛も同じように行動して、校長に怒られた。
 しかし、その校長も真愛をクビにするどころか、結構自分が管理職で、できなくなった事を裏で協力してくれた。
 だから、親からのクレームも子供からの不満もちゃんと受け止めて、前進できる学校だった。
「うちの孫だってさ、
 そんなに出来る子じゃないから、
 困っちゃう。
 担任の先生は、自分で見切れなくなると
 直ぐ、支援学級に入れるのよ。
 だから、支援学級への通級がいっぱい!」
「…。」
「宿題やらないで出来ないから
 はい。支援学級!
 怒ってやらせりゃ
 はい。児童相談所!
 もう、学校なんて行かせない方が
 良いと思う!」
 真愛は、返す言葉がなかった。
 元教員のくせに
【そうね。学校なんて要らない!】
と言いそうだった。
 どう結論を出して良いか分からず、今の学校が(担任教師)がどう考えているかも分からなかった。
 今、少子化で「子ども大事!」「子育て大事!」と言っている割には、嫌な話ばかりが聞こえてくる。

「ねえ、先生。
 子どもの何が問題なのか、
 親の何が問題なのか、じっくりと向き合わ
 ないうちに、心療内科に行くと、
 落ち着きがない子は、「発達障害」って
 診断されるし、悩んでいる親には「鬱」
 ですねって言われる。
 そりゃ、医者だって金とってるから、適当に
 病名つけないといけないからね。
 やりきれないよね。
 どうしたらいい?先生!」
「ごめん🙏
 私に振られても、
 どうして良いか分からない。
 でも、ちょっとだけ出来るのは、
 noteってブログを書いてるの。
 そこで、今日の話書いていい?
 話聞いて、世の中変だってわかるけど、
 どうしていいか分からない。
 だから、やれる事はこの話を書く!」
「うん。やって!やって!
 変だよ!
 絶対変な世の中になっちゃってる!」

 彼女の思いの全ては掴みきれていないし、私の思いも混在しているので、グシャグシャな話になってしまった。
 8月の6日が来る。
 世界の多くが右翼化が進んでいるという。
 また、8月の6日が来る。
 戦いの中でも一生懸命に子どもを守り育てた親たちが逝き、戦争を知らない子供たちが大人になり親になり孫を持った。
 何がいけなかったのだろうか。
 異常気象になり、そこここで大災害が発生している。
 何がいけなかったのだろうか。
 異常学校になっている。





ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります