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秋の匂いと金木犀の雨

 秋の香りというと何を思い出しますか?
 食欲の秋・味覚の秋なんて思い出す人は、
秋刀魚を焼く匂いでしょうか。
 厚洋さんは秋刀魚が好きで、真秋刀魚が出るとどんなに高くても買って来て、七輪で焼いていました。
 そして、真愛に向かって言うのです。
「あはれ秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ
 ----男ありて
   今日の夕餉(ゆうげ)に 
   ひとりさんまを食らいて
   思いにふける 
   秋刀魚、秋刀魚、
   秋刀魚苦いか塩っぱいか?」
と。
 まあ、この後のなんとも艶かしいというか、不倫のお話も聞かせられて、こんがりどころか、真っ黒こげに焼く真愛のやきもち焼きに釘を刺したのだったのだと思います。
 あるいは、
「愛うすき父を持ちし女の児は
 小さき箸をあやつりなやみつつ
 父ならぬ男にさんまの腸(はらわた)を
 くれむと言ふにあらずや。」
と真愛のfarthers complexの切なさを「分かってるよ。」と言いたかったのでしょうか。
 愛しい人の好きな秋の匂いは「秋刀魚を焼く匂い」だったのです。
「金木犀の香りかな?」なんて期待していましたが、「秋刀魚を焼く匂い」…。
 佐藤春夫の故郷の習いは、秋刀魚に青い蜜柑を搾る事だったといいます。
 厚洋さんは、秋刀魚には「大根おろし」でした。
 スーパーでは、新秋刀魚が入荷すると、必ず大根も売ります。
 一般的なのが大根おろしを添えることなんでしょうね。

 故郷の習と言えば、
 室生犀星のハタハタの詩もそう

  はたはたのうた
               室生犀星

      はたはたといふさかな、
      うすべにいろのはたはた、
      はたはたがとれる日は
      はたはた雲といふ雲があらはれる
      はたはたやいてたべるのは
      北国のこどものごちそうなり。
      はたはたみれば
      母をおもふも
      冬のならひなり。

 おっと、これは冬の歌でした。
 厚洋さんだけではなく、男の人は焼き魚の匂いに、懐かしさや切ない思いを感じるのでしょうか。
 真愛は、魚の匂いは「食欲」だけで、郷愁は抱きません。
 そんな真愛に厚洋さんは、
「女より男の方が、
 繊細な心を持っているんだ。」
と言いました。
 真愛は
「女性は、花の香りが思い出に繋がるの。
 こっちの方がずっと美しく
 繊細でしょうが!」
って言いたかったことを思い出します。
 彼に逆らわないでいた方が、新秋刀魚も大根もかぼすも買って来てくれたからです。
 匂いなのですね。                     
 香りなのですね。
 嗅覚が切ない思い出を甦らせてくれます。

金木犀

 今年も金木犀が咲きました。
 2022年9月26日。
 大好きな厚洋さんが逝ったのは9月16日。
お通夜とお葬儀はちょっと遅れて21日、22日でした。
 お通夜の日の朝に金木犀が香り始めました。

 彼が亡くなった日のうちに、お別れの儀式について葬儀場の方と話し合いました。
 その時には、15年前に母の葬儀を執り行ったので、手配や段取りは手早く済ませてしまいました。
 16日の夜にも、真愛と厚洋さんを悩ませた無言電話が入り、気が狂いそうになりました。  
 厚洋さんと『命懸けの恋』をしていた真愛でしたのに、(葬儀なんて普通でいい。)と、心が冷めてしまい、どうでも良いと思ってしまったのです。
 しかし、金木犀が甘い香りを漂わせてくれました。
 彼を思ってくれた教え子のためにもしっかりしたお葬儀をしましょう。
 そして、真愛を思い続けてくれた彼も思い出す事ができ
「大好きな厚洋さんのために真愛の出来ること
 を全てをやりたい!」
と決めました。
 金木犀の香りに包まれたからでしょう。

「白い花にそえて」から

 厚洋さんへ
 今朝 金木犀が咲きました。
 あなたが居ない朝です。
 この花を病室に飾りたかったなぁ
 グァテマラコーヒーを淹れながら
          考えました。
 厚洋さんの大好きなみんなが
 集まってくれるのだから
 あなたらしさを伝えなくっちゃ!
 遺品コーナーに愛しい物を
          置きます。

 金木犀の花を描きました。
 むせ返るような甘い香りに包まれて…。

   描き終わって、彼のコーナーを作るための荷物を運び入れた時は、柔らかい雨が降り始めていました。
 厚洋さんといっしょに入った傘の中にこの香りが流れてきた事を思い出しました。
「雨の日は、金木犀の香りが、傘の中に
 一緒に入るんだよ。」
「どうして?」
「雨の日は、空気が上に上がらず、下に流れる
 だろう。
 ほら、燕が低く飛ぶのは雨が降るのと
 同じだよ。
 空気が雲に押されて下に来る。
 虫も一緒に下を飛ぶ。
 だから、燕は低いところを飛ぶってね。」
「ああ。天気と諺の説明文ね。」
「そうそう!」
「素敵ね。
 相合傘の2人の間に金木犀の香りも
 一緒に雨宿りね。」
 随分前の話を思い浮かべました。

 拙著には、字数制限も文才の無さもあって書けなませんでしたが、その日は初めて
ー ひとり、黒い傘の中で、
     金木犀の香りに包まれました。ー
 だから、金木犀が咲くと毎年、毎年、毎年、4年間も思っています。
 金木犀には、柔らかな雨が似合うと…。
 厚ちゃん。
 会いたいな!

金木犀の雨

 今年も金木犀が咲きました。
 金木犀の香りは、青空高く流れていきました。
 雨は降らないまま10月を迎えました。
 10月7日。
 待ちに待った金木犀の雨は、最後の花を叩きつけるように降りました。
 88年ぶりの10月の冷え込みの中の豪雨でした。
 真愛の甘やかな思い出も叩きつけられてしまった気がしました。
 金木犀に降る雨は、音もなく降るしっとりとした秋雨が相応しいと思いました。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります