俳句の庭
愛しい人が愛した庭は、季節の移ろいを感じられる様に作られている。
作り初めは、彼が真愛のために植えてくれた花木と草花だった。
野の花を水彩で描く事が好きだった真愛のために野の花を(言葉は悪いが)盗んで来ては、移植してくれた。
彼の具合が悪くなって家にいる事が多くなってからは、真愛が庭作りを引き継いだ。
彼の部屋から見える様に季節の花を配置した。
彼が亡くなり気がついた。
2人で作った庭は、季節が巡る庭になっていた。昔話の「うぐいす長者」の様に…。
ただし、同時には見られない。(霊力がないからだ。)
彼が教えてくれた沢山の俳句と共に、季節の花を楽しむ事ができる。
俳句の庭になっていた。
紫陽花や 白よりいでし 浅みどり
ー渡辺水巴ー
紫陽花は、「紫色」と思っていた昔の真愛にとって白より始まる。「浅みどり」が魅力的だった。渡辺水巴の花の句は、視点の違う美しい色彩感覚だった。
あじさい。しろ。いでし。あさみどり。
サ行の音は、涼やかで梅雨の晴れ間の空を感じさせる。
紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘
ー正岡子規ー
紫陽花の花の美しさを感じながらも
花の色が変化するという紫陽花の特徴から、「昨日の誠」「今日の嘘」と語るところが恋心みたいで好きな句だ。
紫陽花や 赤に化けたる 雨上り
ー正岡子規ー
紫陽花に向かって「化けたる」はないだろうと思うが、何やら紫陽花が女の人の様に思える。「紫」「薄紅」「浅黄色」そして「空の色」雨上がりなので、滴も光を纏って美しい。
「女は化ける」と真愛の着物姿を笑った厚洋さんと重なってたね。
紫陽花や 色移ろいて かすかなり
ー奧平満望ー
ひと雫 紫陽花ゆする 晴れ間なり
ー奧平真愛ー
悲しきは 色の移ろい あじさい花
ー奧平真愛ー
23年前の水無月に2人で詠んだものだ。
厚洋さんに笑われながらも2人の句会(晩酌しながら)は、楽しかった。
母の忌の ゆたかに桔梗 供へけり
ー小田悦子ー
厚洋さんは、真愛の母にも優しくしてくれた。母が大好きだった桔梗の花も植えてくれた。都忘れも…。
紫の花が好きだった厚洋さんは、時世の句だと言って「紫の妻」と「野菊」を読んでくれた。「紫」は、可愛いという意味だぞって笑ってた事も思い出す。
金糸梅 水のひかりを ためらはず
ー六角文夫ー
鮮やかな黄色が美しい金糸梅。
雨に濡れて、その滴すら金色に輝かせる。
光を放つのでも、跳ね返すのでもなく、「ためらはず」なのだ。
この花の金色は一度見たら忘れられない。
梅雨の中でもその鮮やかさは、「今年も咲いたよ。」と、まるで真愛の様だ。
小竜の 昇る姿か ねじり花
ー奧平真愛ー
ねじり花を教えてくれたのも厚洋さん。
23年前の6月27日に詠んだ。
あの時の花ではないが、同じ様に咲いている。生命が無限である気がする。
生命は、亡くならない。姿形は変化するかもしれないが、続いていくものだと…。
厚洋さんは今も、真愛の側にいる事に気づかせてくれた。
ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります