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曼珠沙華

 その時が来ると決まって咲く花。
 燃える恋をしてた頃
 あなたを思って死んだから
 私の骸の胸からは
 彼岸の花が突き出ます。

 葉も持たず
 骸の眼から伸びた芽は
 ただひたすらに 天を指し
 髑髏の眼には 天の雨
 雨に打たれる 曼珠沙華

 GONSHAN. GONSHAN.
       GONSHAN. GONSHAN.
 今でも あなたが愛しいと
 今でも あなたが恋しいと
 笏丈ついて 歩きます。
           (これは、真愛の詩。)

 秋のお彼岸になると決まって、金木犀の香りが降り、彼岸花が咲きます。
 刈り取られた稲穂の匂いの中、鮮やかな真紅の花が炎のように咲きます。
 真愛は、決まって北原白秋さんのこの歌も思い出します。

   ー 曼珠沙華 ー     北原白秋
GONSHAN. GONSHAN. 
何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華
曼珠沙華
けふも手折りに來たわいな。 

GONSHAN. GONSHAN. 
何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數。

GONSHAN. GONSHAN. 
氣をつけな、
ひとつ摘んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。

GONSHAN. GONSHAN. 
何故泣くろ、
何時まで取っても曼珠沙華
曼珠沙華、
恐や、赤しや、まだ七つ。

 子供を亡くして発狂した母親がヒガンバナを摘みにくるという、能の「隅田川」のような凄絶な光景を描いた歌という。

 北原白秋 詩集「思ひ出」の序
           「わが生ひたち」には、
【美くしい小さな Gonshan.忘れもせぬ七歳の日 
 の水祭に初めてその兒を見てからといふものは
 私の羞耻に滿ちた幼い心臟は紅玉入の小さな
 時計でも懷中に匿してゐるやうに何時となく
 幽かに顫へ初めた。
 巡禮に出る習慣は別に宗教上の深い信仰からで
 もなく、單にお嫁め入りの資格としてどんな
 良家の娘にも必要であつた。】
とある。
 GONSHAN(ごんしゃん)とは、北原白秋の故郷の方言で「良家のお嬢さん」のことらしい。

でも、この曲を歌う度に、
🎶GONSHAN. GONSHAN. ♪の部分が、
「ゴン」と笏丈を突き立てて、
    一歩進むと「シャン」と音を立てながら
ゆっくりと進む雲水を思い描いてしまうのです。
 怖い感じと美しい感じが綯交ぜになり、不思議な世界に入り込みます。
 幼い頃、「彼岸花が好き」と手折って来て叱られました。「お寺に生える縁起の悪い花だ」と。
 母は深川の出で、謡曲も謡いましたから、きっと「隅田川」を思い「怖しい花」と感じていたのでしょう。

 この詩は、拙著「詩画集・夢幻」の1ページ。

 ー 曼珠沙華 ー       
 貴方の屍の上に
 紅蓮の炎立つ

 情念よ再び
 傍で花を見
 傍に座り
 傍で眠りたい
 傍で
 貴方の傍で
 貴方の

 十年も前の墓石に
 吸いかけのたばこをのせ
 漂う煙の中で
 背を向ける

 炎を掌中に
 あまりにもたやすく
 手折れ
 再びの訣別


 若くして亡くなった菊池先生への思いを書いた一編。

 それから、17年。
 再び描いた「紅蓮の炎燃ゆ」の絵を「美しい」と褒めてくれました。
 18年、真愛は厚洋さんに「夢幻」の詩を読んでとは言いませんでした。
 厚洋さんを思って書いた詩の他にも、教え子を思って書いた詩や仲間を思って書いた詩が含まれていたからです。
 家の中にあるのだから、「どの絵がいい?」と選んでもらった詩画だから、絶対読んでいたとは思うけど、一言もそれには触れませんでした。
 でも、病床で
「俺はお前の描く絵が好きだ。
 白い花の絵が好きだ。」
と言ってくれました。
「その絵に貴方の詩をつけて!」
と頼めた真愛は、最高に幸せでした。
「紅蓮の炎燃ゆ」の曼珠沙華は、
「綺麗だけど、お前じゃない。」
と言いました。
 残された時の中で、伝えきれない「愛してる」をたくさんたくさん言いました。
 命をかけて愛すこと。
 共に死ねたら幸せと。
 真愛の情念の炎は、朱紅暗澹と燃えました。

 厚洋さんは言いました。
「悪かったな。
 お前に相応しい奴は、
 俺の他にも沢山いただろうに…。」
「そんな事ない。
 真愛が大好きなのは厚洋さん。
 あなたが好き。
 あなたのお嫁さんで幸せ。」
「そうか。俺も…。」
って、静かに抱いてくれました。
 真愛の全てを受け入れてくれたのです。
 あの初めての日のように。
 それから、ひと月もしないうちに、
        一人で逝ってしまいました。

 金木犀の花の香りも、
 曼珠沙華の鮮やかな色も、
 毎年訪れる彼の逝った日も繰り返されます。
 今年も、
 GONSHAN. GONSHAN. と笏丈の音をさせながら、曼珠沙華が連なって弔いをしています。
 あの先に行ったら、厚洋さんに逢えるかもしれない。

 今でも、
   紅蓮の炎 
      燃えています。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります