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お・も・て・な・し

 2013年9月7日「お・も・て・な・し」
 指を上手に一つずつ絞めながら、滝川クリステルさんが国際オリンピック委員会のIOC総会発言したことを思い出す。
 今日はお世話になっている方を「紫陽花を見る会」にお呼びした。
 95歳になるその方のお母様が真愛の庭の紫陽花を気に入ってくださっていて、恒例行事になっている。
「今年も、庭からで良いので
 紫陽花を見せてくださいますか?」
の声かけに大喜びをしたのはいうまでもない。
「いらっしゃい!
 待ってます。
 外でなら、お弁当ぐらい作って置くね。」
というと、
「本当に、凄いわ。
 おもてなしができるんだもの。」
と言われた。
 頭に浮かんだのは、千利休が秀吉に行った朝顔の茶会だ。
「庭の朝顔が素晴らしいと聞いた。
 是非、見に行きたい。」
と言った秀吉のために庭の見事な朝顔を全部切ってしまう。
 そして、躙って入った茶室、立ち上がると目の前に今朝咲し朝顔が迎える。
 これこそが侘び寂び茶道の極意であり、おもてなしである。
と聞いたことがあるが、真愛は納得できない。
 折角咲いた朝顔をみんな切るなんて!

 しかし、おもてなしの一つとして「気持ちよく過ごしてほしい。」という思いもある。
 紫陽花は綺麗だが、その周りが草だらけではとても恥ずかしい。
 まず、庭の草取りから始めた。
 そして、おもてなしについて考えた。

「おもてなし」とは、客人に対して心を込めて接遇、歓待、サービスなどをすることで、
「もてなし」に丁寧語の「お」をつけた表現
 語源の由来は2つ。
1)“裏表がない”
 相手に対して裏表のない心で接するという
 こと。私心なく誠実に大切な人を心からお迎
 えするということ。
 草取り真愛が考えた通りだ。
 表無し→表がないのだから裏がある訳はない
(最近は、裏だけ有るというが、
 そんなのは可笑しい!表が存在して裏だ。)

(2)“モノをもって成し遂げる”
 ここで言うモノとは具体的な「物」だけでな
 く、「心」や「気持ち」も含まれている。
 相手への思いやりを、しぐさや振る舞い・
 行動に移して表現すること。

『相手のことを察して気づかうこと』と。
 相手(お客様)はどのような状況にあって、どのような思いをしていて、何をすれば喜んでもらえるのか。
 このことを察知して、“言葉や態度”で表現することなのだと思う。

『笑顔』に勝るおもてなしはナシ!
 おもてなしの心を表現するために絶対に外せないこと、それが『笑顔』。
 自分も笑顔だが、相手も笑顔にならなければ「もてなす」事にはならない。
 笑顔になるお弁当を考えた。

手作りにする。

 下手でもいいから、手作りをする。
 白いご飯より色のついたご飯の方が可愛い。
で、人参ご飯にした。ちゃんとうさぎちゃんを型で抜いて微塵切りの人参とコンソメで煮てスープを作り、すりおろし人参を加えて炊き込んだ。
 炊き上がったら、バターを加えて枝豆を散らす。なんと、炊き上がってバターを加えて混ぜていたら、柔らかくなった人参うさぎは姿を消してしまった。(なんのために型抜きをしてのか…。)
 ポテトサラダは我が家のジャガイモと胡瓜。
 鳥の手羽先の揚げ煮。
 4人分の手羽先は、分量通りではないので作りにくい。そこで、前のご近所さんにもお弁当を食べてもらう事にして、「手羽先8本入り)購入した。
 料理を一生懸命に考えて作ることがとても楽しかった。
 もてなすというのは、やはり「持って成す」事だ。人のためだけではなく自分も「笑顔」になるのである。

ランチタイム

 お母様は、真愛の作ったものをいつも
「綺麗ね。
 美味しいわ!」
と言って全部召し上がってくださる。
 今回は、
「あら!
 いつも食べないお肉を食べたの。」
とお友達も驚くほど食べてくれた。
 どんな事より、作ったものを全て食べてくれることは、「もてなす」側の喜びである。

紫陽花を眺めながら

「綺麗な紫陽花ね。
 あの一番左のが好きだわ!」
と言ってくれた。
 一生懸命に草取りをした左側だ。
(右側もやっておけば良かった。)

梔子も桔梗も咲き誇って

 真愛は利休のように花は毟らなかった。
 梔子の甘い香りが纏わりつくように流れる中を歩いてもらった。
 星のように桔梗が開いていた。
「綺麗ね。」
を待ちかねたように
「よろしかったら、
 お土産に切りましょうね。」
と言えた。
 誰かをもてなすことは、誰かが私を訪ねてくれらからである。

 真愛は、誰かが喜んでくれる事が出来ることが嬉しいと感じる人間なのだ。それは厚洋さんに教えられた生き方だ。
 厚洋さんがいた頃は、厚洋さんが喜んでくれる事をすることが嬉しかった。
 外では寡黙な彼が言葉少なに
「いいね。」と認めてくれるのが嬉しかった。  
 彼もまたぶっきらぼうに真愛の喜ぶ事をしてくれた。
 横柄に見える彼が、沢山のロマンチックな事をキザにやってくれた。
 日々の中で「もてなす」事を自分の妻にしてくれたのだ。今日のお弁当なんかよりずっと手の込んだ朝食を毎日作ってくれた。
 誕生日には、真っ赤な薔薇の花束とにゃんこグッズをプレゼントしてくれたし、食事に連れて行ってくれた。
 背中に保湿クリームを塗れなければ、
「おい。こっち来いよ。」
って言って塗ってくれた。毎晩。
 暑い夏の夜のお迎えの時は、ソフトクリームを買ってくれた。

(釣った魚に餌はやらないって言っていたのに
 山ほどの餌をもらって、ころころ太ったし
 心も豊かになった気がする。)

「もてなす」
相手に対して裏表のない心で接するという
 こと。
私心なく誠実に大切な人を心からお迎
 えするということ。
 お客様ではなくても、もてなす心が大切である事を彼に教えてもらったきがする。

 真愛は、誰かが喜んでくれる事をすることができなくなり、飢えていたのだ。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります