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ハロウィン 宣言解除

 緊急事態宣言解除と飲食店の時短営業も解除。
「わーい。やったねー。」と言えない自分がいる。
 繰り返し、繰り返し訪れた緊急事態宣言と医療の逼迫。人とマスクを外して会うことがまだ不安なのだ。
 大勢の人がいるところに行くことが怖いのだ。
 誰が、「絶対に第六波は来ません。」と言えようか。
 天然痘の「撲滅宣言」の様に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)撲滅宣言」とか、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)終息宣言」とか、「感染しても特効薬が作れて、後遺症を残さず完治する。」となれば、少しずつ外出しようかな?とか考えられると思う。
 しかし、まだまだ「お先真っ暗」な状態なのに、お金持ちの企業がしんどいから、「経済回せ!」って言っている気がしてならない。
 感染者数が減って来ているんだから、「経済回せ!」って…。
 「経済活動がこのままになれば、日本が潰れる予想はつく。」が、不安なのだ。

 我が家でも、20年以上飾ってきたハロウィン仕様のドアリースに付け替えた。
 昨年のハロウィンでは、マスクをしてマレフィセントに仮装してスポーツクラブに行った。

 しかし、今年はハロウィン仮装はしない。
 感染予防に真摯に取り組んでいるクラブは、ハロウィンの飾りはしたが、イベントはしない。
 真愛は、それに賛成である。
 しかし、クラブに来ている人の中にも、感染症など気にも止めず、大声で話しかけてくる人がいる。嫌な顔もできないし、簡単に頷いて別の場所に行く。その人がいると、その人を避ける様に最初から別の場所に行く。
 スポーツクラブにスポーツしに来ているのではなく、「お友達探し」「お喋りをし」に来ているのだから、そうなるのも致し方ない。
 そんな中で、ハロウィンを中止したのは偉いと思う。

 さて、田舎でもこんなに気にしているのだが、東京ではどうなるのだろう。
 緊急事態宣言下でも、マスクをせず路上飲みをしていた若者も多く訪れる渋谷。
 区長さんは「来ないでほしい」と言っているが、どんなに混乱するのだろう。

 ハロウィンとは、キリスト教の諸聖人に祈りを捧げる祝日「万聖節」の前夜祭として行われるヨーロッパ発祥のお祭り。
 真愛の聞いた話では、アイルランドに住んでいたケルト民族の風習で、現在のハロウィンとは全く様相が違うと聞いた。
 秋の収穫をお祝いし、先祖の霊をお迎えするとともに悪霊を追い払うお祭りで、日本でいえばお盆にあたる行事になる。
 真愛が6年生を担任していた時の総合的な学習で、ALTの先生(イギリス出身)に日本のお盆とハロウィンの違いを英語で紹介させたことがある。
 その頃、イギリスではハロウィンより「ガイホークスデー」の方が盛大だと教えてくれた。
 日本でもハロウィンより「お月見・団子釣り」の方が子どものお祭りの様な頃だった。

 今は、10月31日がハロウィンとして定着しているが、正確な期間は10月31日~11月2日。キリスト教では、この期間、この世に戻ってくる死者の魂を慰める行事を行っている。
 古代ケルトでは、11月1日が新年とされ、大晦日にあたる10月31日の夜に先祖の霊が家族に会いに戻ってくると信じられていたが、悪霊も一緒にやって来て、作物に悪い影響を与えたり、子どもをさらったり、現世の人間たちに悪いことをするのだ。
 日本も大晦日から、新年にかけて亡くなった方が家族に会いに戻ってくると聞いた。
(それも、厚洋さんが亡くなった年の大晦日にさだまさしさんのカウントダウンコンサートに一人で行った後のことだ。)
 厚洋さんに申し訳ないことをした。

 さて、古代ケルトの人々は悪霊を驚かせて追い払うことを思いつき、仮面をかぶったり、仮装をしたり、魔除けの焚き火を行ったそうだ。
 こんな夜に人間が外にいたら、食べられてしまうのだ。だから、化け物に仮装して誤魔化さなければいけないのだ。
 キリスト教圏へ広がったが、最近では宗教的な意味合いが薄れて大人と子どもが仮装をして楽しめるイベントになっている。
 いや、本当は子供だけだったのだと思うが、今では、大人たちが仮装(変身願望・現実逃避)の場所になっている気がする。
 真愛の総合的な学習の「ハロウィン」は、英語に親しませるためのものだった。
 真愛がハロウィンを知ったのは、SNOOPYの中のライナス君が「カボチャ大王」に叫ぶシーンからだった。40年も前のことだ。
 チャールズシュルツ氏の漫画では、ほとんどの子は、ghost・Witch.・monsterだった。
「trick or treat」と囃し立て、お菓子を貰う。
「happy Halloween」とお菓子の袋をあげる。
 お菓子は悪霊を追い払うなどの意味があるそうだ。要するに、供物である。
 とすると、秋田のナマハゲなんかがずっとずっと深部で繋がっているのかなと思う。
 真愛の自論。「世界はもともと一つの国だった。」に納得してもらえる相似な出来事である。
 日本のハロウィンでは家をまわる風習は定着していない。
 しかし、学校や幼稚園・家族や友達とのハロウィンパーティやイベントに参加する時に、キャンディーやチョコレートなどの小さなお菓子を用意して渡すことが多い。

 我が家の孫たちも、園でのイベントに準備をしているらしい。ほとんどママの頑張りなのだが、見ているだけで笑顔になる。
 女の子だから、おばあちゃんの様に魔女になるのではなく、どちらもお姫様・天使だ。

いや、天使ではなく「良い魔法使い」=「魔女」なのだろう。
 「森の眠り姫」の良い魔女の様に、
「あと、3ヶ月で
   コロナ禍は終息するでしょう。
 チャララン〜♪🎶」
なんて言う魔法をかけてくれないものだろうか。
 我が家の孫たちに感心するのは、結構な英会話が出来ることだ。パパは真愛の血を引いて英語が苦手なのだが、ママはなかなかのもので絵本の読み聞かせは英語だった。
 おチビさんとお留守番をしていて、
「これ読んで!」
と持って来られた英語の絵本に困ったものだ。
 読める範囲で、発音してみたがきっと納得していなかったろう。
 そんな環境で育っているので、豚のアニメも英語版で見ていた。当然、ハロウィンやクリスマスといった多国籍の習慣を知ることになる。
 日本の習慣もばあちゃんがnoteに書くので、ママが読んでくれて
「来年はやってみたいです。」
と言ってくれる。
 子どもにはたくさんの民族があり、その人々が大事にする習慣やそれに込められた思いを知らせてやりたいものだ。
 多くを知っていくうちに、「すべての民族の思いは、子孫繁栄・無病息災、いや究極はより良く生きることであり、より穏やかに死ぬこと」であると気づくと思う。

 以前、外国に留学していた学生がハロウィンの夜に家の中まで入ってしまい、不審者に思われて射殺されたことがある。
 国の風習を知らず、自分の思い込みで、ジャック・オ・ランタンも置かれていない家に入ったのかもしれない。あるいは戸口で、「お菓子をくれないと悪戯するぞ。」と言うことを知らず家の中まで入ったのかもしれない。

 国際交流協会で日本語を教える様になり、各国の風習やその国の人の考え方をしっかり知りたいと思っている。
 人と人の交流には、言葉だけではなくその国の人の考え方感じ方を理解することが必要だと思うからだ。
 我が家にもジャック・オ・ランタンを置いているが、玄関には蜘蛛の巣も張って侵入を防いでいる。
 小さな子が来ればチョコもキャンデーもあげたい。
 しかし、今月末、渋谷のスクランブル交差点にいる仮装した若者の中に、ハロウィンの本来の意味を知っている人が何人いるのだろうか。
 ハロウィンのお菓子どころではない、シリアイラクの難民の人たちの苦しみと悲しみを知っているのだろうか。
 (COVID-19)というmonsterが第6波を虎視眈眈と狙っていることを知っているのだろうか。

 我が家はハロウィンの飾り付けをし、静かに厚洋さんを迎え入れる。
「なんだよ。毎日来てるだろう?
 お前のpumpkin pie.は好きだけど、
 俺は、土瓶蒸しの方がいいな。」
って声がする。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります