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誕生日は忘れよう

 厚洋さんが元気だったら、真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしてくれる日だった。
 彼が逝ってから、先輩に言われた。
「あいつ、『真愛の誕生日だから…。』って
 恥ずかしそうに、真っ赤な薔薇の花束抱えて
 いそいそ帰ったぞ。
 好きだったんだな。あんたのこと。」
 この日になるといつも以上に、彼に愛されていた事を思い出すようになった。嬉しくって悲しくってたくさん泣く日にもなった。
「俺を思い出せ❣️」
って言われてる気もする。
 盂蘭盆の入りの日だもの。お迎え火を焚く日が誕生日だもの。
 あちらの方々が皆んな心配してやってくるのかもしれない。
 前日、彼が亡くなってからお世話になっている美英子さんが突然来てくださった。
 美英子さんは、以前、真愛のお隣の地区に住われていて、敷地内に大きな古民家をもっていらっしゃった。

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 国際交流協会でボランティアを始めた時の文化交流活動担当のお仲間である。
 大きな瓦屋根の古民家の前に、紫の芝桜が見事に咲いていた。
 とても優しくてたくさんの話を聞きてくださる方なので、よくお邪魔しては厚洋さんの話を聞きてもらった。
 ところが、一昨年の台風で屋根瓦が飛び、大変な修理をした後、山から海に引っ越しをなさった。
 目の手術の前に一度伺ったが、サーフィンボードを抱えて写真が撮りたいほど、カッコいいお家だった。
 素敵な生活をする人は、どんなところに行っても、素敵な住まい作りをするものだと感心した。
 その後、お会いした時に、
「今は、ハマヒルガオが綺麗よ。」

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と、LINEを送ってくださった。
 厚洋さんとよく行った海岸である。

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 厚洋さんは、座り込んで、貝殻を探すのが好きだった。
 その海岸には、桜貝が打ち寄せる。

 真愛は、短大の頃から物思いに耽る時は海に来った。(免許取り立ての女友達W。恋がしたいお年頃だった。)
 そして、桜貝を探しながら「桜貝の歌」を歌っては泣いた。思春期真っ只中。

🎶 美しき桜貝一つ 去り行ける君に捧げん
   我が想いは儚く
♫  うつし世の なぎさに果てぬ

 メロディも歌詞も足元に打ち寄せる波間に
 見え隠れする薄紅色の貝も大好きだった。
 到底叶わない恋の想いは、儚かった。

 だから、結婚する前に厚洋さんが
「海を見に行こう」
と言った時には、この海岸に来た。
 そして、桜貝の話をし、歌も歌った。
 結婚する前だったから、黙って聞いてくれた後、お世辞も言ってくれた。
「波の音と一緒だと、可愛い声だな。」と。
 しかし…だ。
 結婚して、子どもができても、
「海に行こう。」と言った。
 この海岸が多かった。
 それは嬉しいことだったが、桜貝の歌を歌い出すと
「おい。いい感じで波の音を聞いてるんだ。
 桜貝は、薄くて可愛い。触れれば壊れそうなの
 お前の歌でヒビが入るだろう?」
と真顔で言われた。
 高学年を担任し、部活で大声を出していた真愛の声は少々ハスキーになり、高音はかなりガナリ気味だった。その後teacher noise(声帯ポリープ)が出来手術することになる。
「喉に良くないよ。」なんて優しくいうのは、恥ずかしい人だからそう言ったのかもしれない。
 真愛は、厚洋さんの思い出をどんどん美化している。
 そんな事を言われても、年に数回桜貝に会いに行くのは嬉しい時間だった。
 だが、今の山の中の家に引っ越してからは、忙しかったり、子どもが巣立ったり、母が逝ったりしたので、海に行かなくなった。
 美英子さんのお家に言った時にも、浜昼顔の写真を見た時にも思い出した事だった。

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「お誕生日でしょう?
 この貝が一番似合うのは、貴女だと思って」
と手渡された桜貝。
 歳をとったから、もう誕生日なんか忘れよう。
 厚洋さんがいないんだから、誕生日なんて、
いらないと思っていたところへのサプライズ。
 言葉にならない。
「ありがとうございます。
 嬉しいです。」
しか言えなかった。

🎶ほのぼのとうす紅染むるは わが燃ゆる血潮よ
 はろばろと通う香りは君恋うる 胸の漣

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 昨日、3ヶ月ぶりにマニュキュアを塗った。
 厚洋さんが許してくれたピンク色のマニュキュアである。
 ピアスの穴を開けるのも、マニュキュアを始めるのも、いつも厚洋さんに聞いた。
 彼に嫌われたくなかったのだ。
 彼が「いいね。」って言ってくれるのが嬉しかったのだ。
「桜貝色の爪って、可愛いな。」

 桜貝は海の波に洗われると、
 こんな艶のある可愛い色になる。
      老いても艶のある真愛でありたい。

 美英子さんは
「ほら、見て。これ!
 ツガイでついているでしょう!」
と、二枚貝のままの姿の桜貝を見せてくれた。
 滅多に見つけられない桜貝。
 その中でも2枚がまだ
「結びついている貝」
         を探してくれたのだ。

「ほら、2人は未だ一緒にいるでしょう?」
と言うように…。

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「至福の時」をもらった。
事柄の奥に 言葉があり、
      言葉の奥に 心がある

 お誕生日を忘れようなんて言ってられない。
 元気で頑張って、
 美英子さんのように、
「人に幸せをあげられる人」
          にならなくては…。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります