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8050問題

 引きこもりの長期化により、80代の親が50代の子どもを支える社会になってきているというのです。
 これは、引きこもりだけではありません。
 様々な障害を抱えた子どもたちが成長し、大人になります。
 当然、親も一緒に歳をとるので高齢化します。

 真愛の知り合いにもお母さんが亡くなった高校生頃から拒食症に罹り、入退院を繰り返している子がいました。
 その子のお父さんは、母親の分まで娘を思いやり、可愛がり、手を尽くしました。
 しかし、精神的な病はそう簡単に治りませんし、原因も不透明になっていきました。
 そのお父さんが言った言葉が今でも耳に残っています。
「俺はM子が死ぬまでは死ねない。
 働いて働いて、マンションを建てるんだ。
 M子が働かなくてもずっと暮らしていける
 ようにしないと…。
 死ねないんだよ。百まで百五十まで…。」

 真愛も厚洋さんもその言葉を聞いて、何も言えず、ただただお父さんの健康を願いました。
 どの親御さんもそう思っているのだと思います。
 結局、厚洋さんが逝った翌年、M子ちゃんも召されて天国の門をくぐりました。 
 その子のお父さんを思う厚洋さんが連れて行ったのかもしれないと思った事もありました。
 しかし、お父さんの生きがいすら奪って逝ってしまったのです。
 切なくやるせない話です。

 さて、引きこもりの方は、就職氷河期で打ちのめされた方が多いように思います。
 年齢は50前後。
 引きこもりの方は年齢を問わず
「こんな自分は生きていて良いのか?」
と悩むのですが、若い頃よりももっと苦しみが深くなっていくようです。
 同時に、M子ちゃんのお父さんのように、そばにいる方も悩んでいるのです。
「自分が亡くなった後、どうなるのだろう。」

 引きこもりの原因は一人一人様々で、真愛が軽はずみにいう事はできないのですが、その多くが、
「希望が持てない。」
「どう生きたらいいのか分からない。」
「どうしたらいいか分からない。」
「できるかどうか分からない。」
「自信がない。」
「社会と馴染めない。」
「…………ない。」という否定なのです。
不安で不安で、自分の心と闘っているのです。
 哲学者なんです。
 でも、親御さんは「いつかは普通に!」と思ってしまいます。
 沢山の元に戻ってもらう方法を試すのです。
 M子ちゃんのお父さんの話を聞いた後、厚洋さんは
「M子ちゃんより、アイツが参ってしまう
 よな。
 アイツ自身がドツボにハマって
 出られなくなってる。」
と言っていましたが、厚洋さん自身どう切り出していいものか分からず、2人で考えた末
「君津の一番美味しいお菓子です。
 M子ちゃんと一緒にお茶してください。」
と、連名でクッキーを送りました。
 拒食症の子にお菓子なんてと思いましたが、
ゆっくり、ゆっくり生きることも大事だと思ったからです。
 お父さんが、M子ちゃんの思いを少しでも聞くことができたらと思いました。
「M子ちゃんのためにやっている事が、
 親の命懸けの生活なのだと知ったら、 
 いや。
 感じたMちゃんはきっと辛かったと思う。」
「お父さんも必死だったのだから、
    どうしようもない状態なのだ。」

 第三者だから言えることかもしれませんが
「M子ちゃんを信じて、その状態を保ち、
 お父さんもやりたい事をやって
 自由に楽しめたら、
 そんなにM子ちゃんにプレッシャーを
 かけなくても済んだかも知れない。」

私を忘れないで

 引きこもりの方々の悩みが、多くの人が悩む社会的なテーマになっているという事は、今の世の中で一番の問題点なのです。
 哲学者なのです。
 何十年もかけて死ぬまで
「なぜ生きなければならないのか。」
と問い続ける哲学者なのだと思います。
 80になっても親は親。
 子どもを思う気持ちは変わりません。

 この問題は、一人で解決するのでは無く、この問題を感じない社会に、訴え続けなければならない事なのだと思います。
 もっと政治が社会が弱い者の思いを正しく聞いて、その弱いものに寄り添えるものであって欲しいと思いますし、そういう社会を作らなくてはいけないのですよね。
 noteでしか言えなくなった力のない今の真愛には、80代でも90になっても親は「親として頑張る。」でいいのだと思います。
 親ですもの。
 ただし、子供のための人生では無く、自分のための人生を生きてほしいとも思っています。
 M子ちゃんのお父さんとは、コロナ禍でお話しする機会がなく、今はどのように考えているのか、今何に悩んでいるのか、お話を聞く事ができません。
 息子さんがお店を経営しているので、
(そちらの方のお手伝いが忙しくなっている
 のかもしれない。心穏やかでいられたら
 それでいい。)
と、思っています。

 去年は、コロナ禍の中「行きたかった京都」に一人旅をしたらしい事を聞きました。
 M子ちゃんと一緒に巡りたかったところに一緒に行ったのでしょう。

 40で亡くなった母親の歳を遥かに超えた80の娘にとって、「母は母」なのです。
 若い遺影の母親に老婆が
「お母さん!」
と語りかけるのです。
 50歳の引きこもりの息子を思う80歳の親御さんは、素晴らしい生きる力を持っているのだと思います。
 頑張っている人に「頑張れ!」って言っちゃあいけないらしいですが、あえて言いたいです。
「あなたは本当によく頑張っていいます。
 これからも、頑張ってください。
 私はあなたから多くのことを学びました。
 たくさんの思いを発信してください。
 私は、想像するという疑似体験の中で、
 少しだけ優しくなれた気がします。
 ありがとうございます。
 頑張れ!」
と。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります