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1077日 愛しい人の車

 車は乗るもので、見せるものじゃないから動けばいい。だから、車は洗わない。車の中も綺麗ではなかった。
 部屋は整理され、掃除も洗濯も料理の後始末も全て真愛より上手に綺麗に出来る厚洋さんなのに、車だけは汚かった。
 むしろ、「汚いこと・掃除をしないこと」が男らしさと思っていた感じがする。

 夏の終わりになると、この車で一緒に釣りに行った。
 クーラーが付いていなかった車の中は、サウナ状態だった。
 真愛の目的は、それだった。
 まだ、スポーツクラブになんて入会していなかったので、サウナは、旅に行った時に入るぐらいだったが、「サウナに入れば痩せる」と思っていた頃だ。
 厚洋さんは純粋に川釣りを楽しんだ。
 真愛も最初は付き合うのだが、浮が動かないのをじっと見ているのが性に合わなかった。
 海釣りの時は、厚洋さんより釣れるのだが、餌も魚も触れない。みんな厚洋さんにやってもらうのだから、面倒臭い奴だったと思う。
 夏は川釣りだ。
 夏休みの最後の週なんて、海に行ったら人でいっぱいになっていた釣りどころではなかった。
 二人とも人のいない所が好きだった。
だから、二人の時は、必ず穴場で人目のない所だった。
 真愛は、二人で一緒の所を見せたいと思う反面、二人っきりでピッタリ側にくっついて黙っている事も好きだった。
(暑いから離れろ!)って思っていたのだろうが、黙って許してくれた。

 さて、この頃の川釣りの目的が彼と違ってきたのは、真愛が太ってき始めた頃だ。
 その頃は、夏休みが終わると運動会練習が始まる。
 真愛は、ダンスの指導をし、演技の時は朝礼台に立ち指揮をした。
 鼓笛の指導をしたり、放送係だったり結構人前に出る仕事が多かった。特に「出発係」の時は運動会の花?になった。
それも女の先生がやるとなると目立つ。


 見栄っ張りの真愛は、夏休み後半からダイエットするのだ。厚洋さんも「始まったね。」と、笑いながら協力してくれた。
 しかし、彼の車の中でサウナを楽しんでいたのは知らなかった。
 今考えると、死と隣合わせの危険な行為だった。半熱中症になっていたのだ。
 窓を閉め切り、長袖を着て「我慢比べ」のような状態で汗をかく。
 真っ赤な顔で、汗をたらたらかいて💦
彼の釣りが終わった頃には、車の中で着替えをしたのでバレなかった。
 それこそ、人気がない所なので、ヌードになっても分からない。着替えた真愛を見て、
「暑かったんだろ?釣りに来たんだから、
 木陰で本を読んだ方がいいんじゃないの?」
と不思議がった。
 そして、厚洋さんが帰りに「お昼を食べに行こう」って誘ってくれても、「食欲がない。」と心配させた。せっかく汗をかいたのに食べるわけにはいかない。
 最終的にサウナ代わりの川釣りは、3回で中止になった。
 真愛が車の中で本を読んでいて、気絶したのだ。
 その頃は「熱中症」とは思わなかった。
 光化学スモック注意報は発令されたが、「熱中症アラート」なんてなかったし、「熱射病」とか「日射病」だった。
 酷い頭痛と吐き気と頻脈の後、意識障害なったのだ。(その後も何回も厚洋さんにご厄介になっている。)
 体育部会にもいたことのある厚洋さんだったので、「陸上大会で子供が起こした症状」だったと、首・脇・鼠蹊部を氷で冷やしてくれて、口の中にも氷を入れてくれた。
 気がついた時は、貧血の時のように寝かされて、足裏や掌、おでこにも冷えたタオルが置かれていた。
 彼は、車を運転してどこかのスーパーに行って氷を買い、真愛を丸裸にして冷やしたのだろう。
 もしも、誰かが彼の車の中を見ていたら、犯罪者と思っただろう。
 全開した車の窓からは、気持ちのいい風が入っていた。
「お前はいつも無理をするからいけない。
 もう、釣りには連れて行かない。」
と叱られた。そして、
「痩せなくって良いよ。
 気を付けをして、
 下を向いて、胸より腹が出て来たら
 痩せることを考えろよ。
 まだ大丈夫だから…。」
と言われたのを思い出す。
 まだ、Tシャツを短パンの中に入れられたし、
お腹も出ていなかった。
 見事に太い足を剥き出しにして、出発係をやっていた頃だ。

 運動会は、涼しい?5月のうちに実施するようになった。
(実はこの地域で1学期中にやろうと言い出したのは厚洋さんだった。しかし、ど田舎のこの地域の校長先生は殆ど反対だった。
 真愛は、いつも思う。「厚洋さんは早く生まれて来過ぎた。」と。
 何十年も前に彼が言っていた事が、最近では常識になっている。
 彼のことを「非常識な教員」と言っていた人に、「ほれ見た事か?」と言ってやりたいが虚しい事だ。
 それに厚洋さんが真愛より後に生まれて来ていたら、出会えなかったので、それは絶対困る。)

 運動会も無ければ、人前で足を剥き出す事もなくなった今、彼のサウナ車の思い出が懐かしい。
 彼が逝って1077日が過ぎた。
 3ヶ月以上、いや、1年半も鬱々と過ごしているからだろうか、写真一枚から何時間も思い出が溢れて来て、未だに泣く。
 厚洋さんと一緒に車に乗って
           どこか行きたいな。
 一人は嫌だ。
 厚洋さんの好きな
    赤のハスラーに乗っているのに…。
 一人は嫌だ。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります