見出し画像

鏡開き 

 1月15日。鏡開き。
 鏡餅をおろして、お汁粉に入れて食べる。
 母から、
「包丁で切ってはいけない。」と言われた。
 昔は、この時期まで飾っていると、お餅が乾燥してカチカチになって、ひび割れが入って包丁なんか刃が立たない。
「大切な刃物を壊したらいけないのかな?」
「失敗して、ぐりんってなって
 手を切ったらいけないからかな?」
と思ったら、
「割ってもいけないのよ。」
と毎年話してくれた。
 母のお陰で、ちゃんと鏡開きが出来、誇らしげに厚洋さんに話していたの思い出す。

「鏡餅には、年神様が宿っていたので、鏡餅をおろして食べて、1年の無病息災を願うのね。」
「年神様を食べたら怒られないかな?」
「神様にお供えしたものや仏様にあげたものは
 いただいた方がいいのよ。
 賢くなったり、勇気が持てるようになったり
 丈夫になるの。
 神様仏様の力が身体の中に入ってくるの。
 強くなるわよ。」
「それ以上、毎年強くなるの困るな。
 しかし、昔の人は、何でも残さず頂いたもん 
 だね。」
「もったいないって、大事でしょ?」
 しかし、「もったいない」重なって、胃の中が「残り物のポリバケツ」になってしまうのは、何年も後のことだが…。
今思えば、昔の人は、フードロスにならいようにしていたのだ。「もったいない!」っていう言葉は、素敵な言葉だと思う。(今でも。)

「鏡餅に刃物を刺すと切腹みたいで嫌でしょ?    
 手や木槌などで割るんだけど
「割る」って言葉も縁起が悪いのね。
 だから、末広がりを意味する「開く」
 を使って「鏡開き」と呼ぶの。」
「そのくらいは知ってるよ。
 剣道場でよく「鏡開き」をやるだろう。
 あれは、武家社会の発祥だからだよ。」
「あら?そう!」
「あゝ、そうだ。世が世ならば、俺は武士の嫡 
 男。お前は町人だろう?頭が高い!」
「フン。武士って言ったって東北の下級武士。
 真愛は、深川芸者のひ孫よ。遊んであげな
 い。」
 平和・平等と言ってる割には、真愛へのいじりはなかなかのものだった。(真愛しか、いじめる相手がいなかったのかもしれない。)
 「割る」を「開く」。
 この言葉の使い方や考え方は、真愛に言葉遊びの楽しさを教えてくれた。
 厚洋さんと出会って更に「言葉」を楽しめる人間になった。
 
 真愛は、30・40代に同僚の結婚式の司会を6回もした。
 その時の式場との打ち合わせで、
「いやあ!
 先生にしておくのはもったいない
 うちで司会業をやりませんか。
 日曜祝日だけでもいいですよ。」
と、ヘッドハンティングされた事がある。
 菰樽の鏡開きの能書きを話した事が始まりで、お祝い事で忌み嫌う言葉の話をした事だった。
 当時の式場関係者の中には、言葉の使い方を知らずにその担当をする方もいたのだ。
「先生にしておくのは惜しい。」
とは、小学校教員より司会業の方が優れていると言うことかと悩んだ記憶がある。確かに、その頃から、教師の地位は地に落ち始めていた。
 それにしても、真愛の得意分野を拡げてくれたのは、母や厚洋さんのお陰だったのだ。
 
 鏡開きの日に「感謝」できるのも、年神様のおかげかもしれない。
 そんな我が家だったので、真空パックの鏡餅が出回るまでは、真愛が木槌で叩いたり、割ったりした。
 母は、小さく割れた鏡餅は、揚げてお醤油をかけてかき餅にしてくれた。
 食べ残ったのし餅も母が細かく切り天日干しをして「あられ」と称して揚げたり炒っておやつになった。
 兄も真愛も母の作るかき餅は大好きだった。
 大きくて揚げられない鏡餅は、水餅と一緒で柔らかくしてから、お汁粉に入れてくれた。
 
 厚洋さんは、北海道の人なので、小豆には、うるさい。
 当然、餡子にもうるさい。
 高校生の頃は、あんころ餅が大好きで、お酒は飲めなかったと言う。
 義母が働いていた奈良漬屋さんでアルバイトをしていて、「奈良漬食べて酔っぱらった。」と言っていた。
 嘘の様な本当の話だ。
 年を重ねて二人暮らしになってからは、
「真愛のために?買って来た。」
とよく蓬団子・きんつば・どら焼きを買って来てくれた。(自分が食べた買ったのだと思う)
 そして、
「餡子は粒あんに限る。」
と言う。
 真愛も厚洋さんも昔人間なので、「さらしあん」と言って、片栗粉の様に紙の筒袋に入った簡易に餡子が作れるものがあったのを知っている。
 それは、袋から鍋に入れ水を足し、砂糖を入れて煮るだけ。豆を洗う・選り分ける・ふやかすという過程がない。
 簡易に作れる=手抜き=安物
という二人の価値決定の構造ができていたので、「粒あん」の方が高級だと思ったのだ。
 しかし、上等の餡子は「小豆の皮の入っていない「さらし餡子」だそうだ。
 皮を取り除く手間がかかっているからだろう。
 
 一度嫌いになると、なかなか好きになれないので、さらしあんの様なお汁粉は好きではない。
 だから、鏡餅を買う時に、同時に「鏡開き用」の北海道産の小豆を買う。
 そして、13日ぐらいから水に付け、1日かけて茹で、砂糖を入れて更に煮詰め、塩を加えて仕上げていった。
 
「茹で小豆」から、「粒餡子」になる手前の状態の中に「茹でたお餅」を入れていただくのが
  ー我が家の鏡開き。ー

  ー開運の頂き方。 ー

 小豆にうるさい厚洋さんがいないので、「茹で小豆」を買って来た。
 行事としては、年神様の力を頂くのだが、
 やはり、香りが違う。
     甘さの上品さが無い。
 更に、「茹で小豆」の缶詰は、量が多い。
 厚洋さんが元気だった頃と同じで、「蓬餅」にしたり、「あんみつ」を作ったり、水羊羹にしたりしないと「もったいない。」
 
 季節の行事があると、厚洋さんのことを思い出せる。
 甘ったるい、コテコテの思い出だが、noteに書ける。
 
 このnoteを始めたのが、去年の1月末。
 1月末までは、まだ、季節の行事と思い出も新鮮だが、その後は2年目に入る。
 noteに新鮮な思い出が書けるだろうか?
 ちょっと心配になった鏡開きの日だった。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります