霙が降ったの。そちらは?
「お父さん そちらも今日は雪ですか。」って言うような川柳が大賞をとった年があった事を記憶している。
厚洋さんは、沢山のよい句・和歌・川柳を見つけると必ず真愛に教えてくれた。そして、どういう指導によって、「これの素晴らしさ」を子供たちに伝えられるか、2人で考えた。
その時は、夫婦が教員ならばどこの家庭でもやっている光景だと思っていたが、そうではないらしい。
真愛は、妻としても教員としても、人としても恵まれた環境にいたのだと思う。
今日も、お墓参りの後、空は低い雲に覆われて降りそうな感じだった。
予想通り、パラパラと白いものが落ちてきた。
寒い。
思い出したのが、
「そちらも、今日は雪ですか?」
である。
遺骨は,お墓にある。
だから時々、
「寒いよね。風邪ひかないでね。」
と、お墓に話しかける。風邪を引くのは生き残った私なのに、話しかけながら(馬鹿だなあ)と思うが、お墓に魂が宿るっていう考え方にも納得してしまう。
拠り所が欲しいのだ。
で、空を見上げて、
「星をプレゼントしてくれたのね。
ありがとう。嬉しかったよ。」
と言ってしまうし、今日のように霙が降って来れば
「そっちも、霙が降って寒いでしょ?
あんこう鍋食べられてるのかな?」
なんて思う。
なんかの歌に
「私はお墓になんかいません。
千の風になって吹き渡っています。」
というのがあって、いつも真愛のそばにいてくれると思うこともある。
物理的に「骨カルシウム」と「煙炭素」になって、思考もなく「無」なのだと言い聞かせることもあるが、
やはり、
どこかで、「思念エネルギー」が存在し続けていると感じたい真愛である。
そんな日に特番で見たのが
ースレブレニツアの虐殺ー だった。
沢山の墓碑が並んでいた。
高原のような所に,花ではなく墓石だ。
きっと遺骨と墓碑名が一致しない方もいるのだろう。名前の無い墓碑もあるのだろう。
虐殺と言えば、アウシュビッツ・南京などの私の生まれる前の話しか出てこない無知な私だ。(後で気づくのだが、知ろうとしなかった故の記憶出来なかった無知だった。)
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中にボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで1995年7月に発生した大量虐殺事件があった。
セルビア人のラトコ・ムラディッチに率いられたスルプスカ共和国軍によって推計8000人の(イスラム教徒)が殺害されたと言う。
この時、スルプスカ共和国軍に加えて、クライナ・セルビア人共和国を拠点とする準軍事組織「サソリ」が虐殺に加担していたという。
真愛の見た特番は、
「未だに息子さんの遺骨を探している女性」「虐殺から生き残った男性が精神障害をもち、
生活も崩壊している様子」
「計画的レイプもあり、
その告発の証言台に立った女性」
25年前の事なのに、申し訳なくて涙が止まらなかった。
25年前の真愛は、教員として厚洋さんに支えられながら、汲々とした生活の中でも楽しく生きていたと思う。
ニュースから「ボスニア ヘルツェゴビナの内紛」「難民の子供たちの悲しい瞳」「戦争と平和」について彼と話したし、子供たちにも話した。
だが、真愛の心はそこに行っていなかった。
平和ボケをした日本で「戦争の悲惨さ」を見聞きしただけで語ったに過ぎないのだ。
「人は経験しないと本当の事は言えない。
差別されたお前だからこそ、
平等の必要を訴えられる。」
「しかし、経験しなくとも、文字から読み取
り、映像から推察し擬似体験はできる。
苦しめられている人の悲しみを分かろうとす
る事が大事な事。
そして、それを覚えてそうならないように
伝える事はできる。」
と厚洋さんに言われた事を思い出す。
彼の言葉の奥を理解していなかった。
悲しい思いをした人間だから悲しい思いをした人間のことがわかり、その悲しみを伝えなければならない。
「その悲しみが
二度と繰り返されてはならない事
を、訴え行動しなければならない。」
一番大事な事を今日まで、
理解していなかった気がする。
今でもあるが、「どうせ、私が言ったって」
の気持ちがあるのだ。
真愛は、幸せにも沢山の悲しみを体験していると思う。
人の思いを受け取れやすい人なのだ。
にも関わらず、希薄だった。
無知だったのだ。無知は「虐め」より悪いかもしれない。
この番組は、虐殺された側だけではなく、虐殺したとされるセルビア人にも話を聞いた。
未だに、「虐殺はなかった」という人もいるという。
番組の最後に
「当局は、都合の悪いことは消し去る。」
と、証言台に立った女性が言った。
93年前についての当局の考えは、平和ボケした日本人を無知にしている。
亡くなった人には、地位や名誉も関係ないと思う。お金持ちも貧しい人もない。男も女もないのかもしれない。当然、人種も民族もなければ、国も宗教もない。
ー無ー
そちらでどう過ごしているのだろうか。
そちらに行ったら、みんな幸せであってほしい。
厚洋さんが望んでいる世界であって欲しいと思った。
ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります