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静穏を頂く

 午後3時に3回目のワクチン接種をする日だ。 
 この日が迫れば迫るほど、「不安」が膨れ上がった。思い込みの強い真愛は、一度螺旋階段を降り始めると真っ暗闇まで落ちないと這い上がれない。
 1ヶ月前、先輩のO G先生から
「ワクチンって言えばね。
 知ってる?
 K先生ワクチン接種の後、死んだんだって!」
 真愛より若い知人が、ワクチン接種の後、三日目ぐらいで亡くなった話を聞かされた。
 その先輩が知らせてくれる事はいつもマイナスの話ばかりだ。
 真愛が白内障の手術の前にも、沢山のマイナス要因を知らせてくれた。
「眼を開けたまま手術するんですって、
 失敗したら嫌だね。
 黄斑変性もやっちゃえばいいのに。」
 そばにいた人達が、
「大丈夫。
 みんな簡単だったって言うから。」
とフォローしてくれたが、プラスよりもマイナスの力の方が強いのだ。
 未来とは不安の闇の中に突っ込むのと同じで、分からないから、マイナスの事柄の方が真実味があるのだ。手術前日までそのO G先生の言葉で、闇の中を這い回った。
 マイナスのスタートが大きいと、その後ちょっとしたことでも、大きくドツボに嵌っていく。
 息子のお嫁さんも3回目の接種の後、熱を出して苦しんでいた。
 1週間前の嘔吐は茄子アレルギーだったかもしれないこと。アレルゲンをいっぱい持っているということは、副反応も大きいのではないだろうかと不安はマイナス方向へ。
 翌日は三絃のお稽古日だが、(倦怠感で動けないかもしれない。)と3日後に予約をずらした。
 4日後の美容院の予約も、不安なので一週間後に変えてもらった。
 5日後のバタフライのレッスンは、
「ひょっとしたら死んでるかもしれないので、
 無事だったら、当日予約をします。」
と言ったら、先生に笑われた。

 ワクチン接種後のいろいろな予約を1週間ぐらいずらしてしまった。
(きっと動けなくなっているだろう?)と。
 そんなドツボにハマって動けなくなった真愛に厚洋さんが言った。
「オイ。オイ。またハマったな?
 じゃ、死ぬ前にやっておきたい事ないのか?
 ホラ、上総の七福神のお寺。
 何時も苺を買いに行く時。
 入りたい入りたいと思っていただろう?
 苺は最後の晩餐。
 ついでにあのお寺に行ってみたら?」
 今年の春も入り口には六地蔵様が並んでいて、枝垂れ桃が美しく咲いていた。
 苺屋さんの直ぐ近くにあるのに、
「お参りしたい。」
と思いながら、4年間もお参りしないまま今日まできた。
【南仙山 長泉寺】坂東三十三観音菩薩霊場
         ー 上総の七福神 ー

長泉寺

 厚洋さんの言う通り苺を買いに行く前に、お寺の駐車場にしっかり停めて、参拝に行った。

六地蔵

 仁王様のお許しを得て、本堂に向かう右側に六地蔵様がいらっしゃる。
 この近くのお寺には、決まって六地蔵様がいらっしゃる。
 命あるものは死後に六道という六つの世界のどこかに生まれると伝えられていて、それぞれの世界で地蔵菩薩は人々を守護されるという。
 日本では、死後の世界はごく近い所にあり、亡くなった方の霊は草葉の陰で私たちを見守っているし、お盆やお彼岸には祖先の霊を迎えて供養するのが日本の伝統だ。
 亡き人の霊が安らかであれと祈り、それが通じていると信じるのも人の心である。
 今の自分があるのは祖先の命を受け継いだおかげであり、自分もまた、いつかはそちらに行くと考えるからでもある。
 地蔵菩薩本願経という経典には、地蔵菩薩は修行が完成して仏になることができるのに、それを延期して人々が迷い苦しむ世界にとどまり、災いと苦しみを除くことを願ってくださっているという。

六道守護の地蔵菩薩 
地蔵菩薩の救いは、この世だけではなく、死後に転生するという六道のどこにでも、旅の僧の姿をとって現れ、苦しむ魂を守護してくださる。
 六道とは、
地獄(生前の罪によって罰を受ける世界)、
餓鬼(飢えと欲望の世界)、
畜生(愚かな動物の世界、
修羅(阿修羅/憎しみと争いの世界)、
人間(人の世界)、
天(なお悟りに達しない神々の世界) 
の六つ。
大定智悲地蔵(金剛願地蔵)……地獄道 
大徳清浄地蔵(金剛宝地蔵)……餓鬼道 
大光明地蔵 (金剛悲地蔵)……畜生道 
清浄無垢地蔵(金剛幢地蔵)……修羅道 
大清浄地蔵 (放光地蔵)………人間道 
大堅固地蔵 (預天賀地蔵)……天道 
 六地蔵の信仰は日本の平安時代以降に盛んになり、特に日本で広まった信仰だそうだ。
 それは、日本では亡き人の魂は山や野原にいるという考え方が古代からあり、大地の守護尊である地蔵菩薩への信仰が深く人々の心に浸透したのだそうだ。
 小学校四年生の国語の教科書に「ごんぎつね」が掲載されている。
 その中に、ごんが六地蔵さんの影に隠れて兵十のおっかあの葬列を見送るシーンがある。
 お墓の近くには六地蔵様がいたのだ。真っ赤な涎掛けをつけて。

大黒天様

 本堂の中では、ご法要が行われていたので、短時間での参拝にした。緑の法衣が闇から浮かび、読経と鐘の音が小さく聞こえる。
 それだけで、真愛の心の中に波立っていた何かが静まっていくのを感じた。
 その歩みを南に向けると、小さなお堂があり
「大黒天様」が祀られているという。
 上総の七福神というのは、この「大黒様」のことかなと思った。
 大黒天様は、頭巾を被り、左肩には大きな袋、右手には昔話で有名な打ち出の小槌を持ち、俵の上に立っていらっしゃる。
 垂れ下がった耳たぶに、満面の笑みを浮かべた顔で、五穀豊穰の神として祀られている。
 真愛の耳も結構垂れ下がっている。
「あなたの耳は副耳。
 心豊かな生活が必ず来ます。」
と、貧しい生活をしている時に母に言われたものだ。友達には良く耳をプニョプニョと揉まれた。
 真愛の耳は気持ちが良いそうだ。厚洋さんにも良くイタズラされた。
(低い鼻を摘まれ耳を引っ張られて、
     こんな顔になっちゃって!)
と思ったら、沈んでいた気持ちがふっと浮き上がってニヤついてしまった。
 まるで、大黒様に笑わせられたようなものだ。

 後ろを振り返ったら、先日亡くなられた恩師が納めたと思われる幟が建っていた。
 何かのご縁なのだろう。
 先生も真愛の不安を心配下さっていたのだろう。(一人じゃない。皆んなに守られている。今日死ぬのも寿命であり、無事に生かされるのも寿命である。)と思えた。
 静穏さが戻ってきた。

 三体の蛙が手水舎の前にいた。
 今は、コロナ禍のため使用禁止だったが、
「無事カエル!
 穏やかな心がカエル!
 己が心にカエル!」
と鳴いていた。
 右奥に菖蒲の花が…。
   左奥に紫蘭の花が咲いていた。

 左に視線をおくると、なんと
「上総国三十三観音霊場」と書いてあった。
 観音菩薩様も祀っているのだ。
 本堂横には、御朱印も頂けるということが書いてあった。
(今度は、御朱印帳を持って来なくちゃ!)
 ほんの数十歩のお参りだったのに、心は本当に穏やかになっていた。
(私の命・私の人生だもの。
 人の言葉に振り回されては、
 私の命を守る私ではなくなっている。
 未来は時に委ね、今は自分で生きなくちゃ。)

 帰宅してLINEを見るとボランティアの先輩から、神野寺のご開帳の写真が送られてきていた。
「昨日はお疲れ様でした。
 状況を有難うございます。
 Cさんが毎週学習に来るのは楽しいからだと
 思います。嬉しいことです。
 私も軽い運動で慣らしてまして、神野寺の12年
 に1度の本尊の大開帳に出会しました。
 五色の縁の綱で本尊の手と回向柱を繋いでいる
 とのことです。ご参考までに。」
と注釈が入っていた。
(東大寺の大仏開眼の時のようだ。
 大僧正の筆から何本もの紐が延びていて、それ
 を下にいる者たちも持ち一緒に眼を入れるのだ
 ご本尊の手と繋いでいる繋が本堂奥に消えて
 いく。摩訶不思議な世界と繋がっているような
 気がした。)
「凄い写真。ありがとうございます。
 ご開帳だったのですね。
 回向柱を繋いでいる紐って、魅力的なのですね
 今日は、3回目のワクチン接種で、不安だった
 のですが良いものを見せて頂き、
 ちょっと気持ちが落ち着きました。」
と書くことができた。
 完全に静穏さが戻ってきている。
 心とは不思議で、静穏さは人に対しての感謝の念も蘇る。
 ワクチン接種の会場では、どのスタッフさんにも「ありがとうございます。」「お世話になりました。」と感謝の言葉を口にすることができた。
 それは、全てのスタッフさんが、あの大国様のようにみんな笑顔で優しかったからだ。
 ワクチンの痛みより、楽しい会話であっという間に接種が終わった。

 帰宅。駐車場で車の中の整理をしていると、息子家族が東京からやって来てくれた。
「母の日に作ったって言うから…。」
 息子のお嫁さんが、「母の日」なので、パウンドケーキを焼いて持って来てくれたのだ。
 嬉しすぎて、びっくりして涙も引っ込んでしまった。
 6時間前までの不安は、どこに吹っ飛んで行ったのだろう。
 マイナスのスタートがあってこその最高の喜びなのかもしれないが、真愛は本当に幸せな人間なのだと思う自分がいた。
「静かで穏やかな心」
 常にそういう心でいられたら…。
                   仏様になっちゃうね❣️

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります