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『夏目アラタの結婚』を観て

予告編で知った時から気になっており、原作があるということで、劇場に行く前に一気読みしてみた。

全十二巻。最終話まで長過ぎず短過ぎず、それでいて全く無駄のないストーリーテリング。何より、ヒロインの品川真珠を初めとする登場人物たちの心の機微が丁寧に描かれており、久し振りに素晴らしい漫画作品に出会えたと、素直に感じ得た。

その一方、この卓越した作品が実写として二時間程度で表現できるのか、という一抹の不安は拭えないまま劇場に足を運んだわけだが、やはりその不安は残念ながら的中した。

何から語るべきか(語りたいか)、が記事を書く上ですでに難しいところではあるが、原作のある作品の実写化、というのは、すでにマイナスから始まっているのかもしれない。

例えば、仮に私が原作を読まない状態で映画を観ていたとしたら、あまりに忙しない展開と、前後の脈絡なく、要領を得ないシーンの連続に閉口していたかもしれない。原作を読んでいたからこそ、何とか補完できる演出、描写も少なくなかったと振り返る。

原作の既読が前提の映画作品、というのはある意味、ルール違反であり、鑑賞者の中には未読の人も少なからずいることだろう。そういった人でも、「何だか分かりにくい箇所もあったけど、最終的には何だかよかったんじゃない?」と思わせる(誤魔化せる)手法に鑑賞中、憤りを覚えたものだ。

まず実写化に際し、多くのエピソードと展開、登場人物さえもバッサリ削られており、それらがあって初めてメインキャラクターの心の機微が伝わるものなのに、では何のために映画化したのか? と大いに疑問に感じられた。

仮に私が原作者であり、作品に愛着を持ち、この映画化を観たら、納得いかないかもしれない(当事者にしか分からないことだが)。昨今、痛ましい原作者の自死という事例も出ているほど、原作の実写化というのは繊細な問題となってきているのかもしれない。

原作を読んでからすぐに本作品を鑑賞したことで、明らかに、原作の題材、大まかな粗筋だけを頂戴して、ストーリーに内在するテーマを折り曲げ(捻じ曲げ、ではなく)、無理やり万人が共感し、涙を誘うような感動モノに仕立てあげた意図が伝わってくる。

殊更に、TVドラマや商業映画の制作を主としてきた監督の安定したキャリアゆえ、作品自体が決して、評価さえ躊躇われるような駄作でもなく、一映画作品として無難な仕上がりなだけに、そのマジックの効き目が強い、という皮肉な結果となっている。

出演者の方々、特に品川真珠を演じられた黒島結菜さんは、きっと原作を読み、この役を引き受け、演じるにあたり、相当悩まれたかもしれない。覚悟も必要だったことだろう。なぜなら、品川真珠の見せ方如何で、作品の質が決定されると言っても過言ではないからだ。

結果的に、振り切り過ぎない演出に抑えられていたのは、事務所によるセーブがあったと推測する。ただそのチャレンジ精神は尊ぶべきであり、元々、黒島結奈さんは個人的にあまり好きではなかったが、今回の好演により、好きになったと告白したい。だがそんな役者の好演も、土台がチグハグでは活かし切れないのは当然だろう。

もし仮に映画化ではなく、先の記事でも紹介した『七夕の国』のように、連続ドラマとして丹念に原作を描こうとするならば、今回の実写化のようなジャンルの不統一性によるもどかしさも消散され、一貫して重厚な物語として完成していたかもしれない。

ただ、原作の映画化自体が元凶というわけでは決してない。たとえ解釈やモチーフがある程度変わっても、優れた作品も世の中にはある。あくまで個人的所感だが、原作のないオリジナル作品というのは、得てして満足度が高い。

それと、原作としての小説と漫画の違い、というのも大きいかもしれない。小説のキャラクターに公式の絵などがなければ、読み手がイメージするしかなく、実写化にあたっては、必然的に脳内のイメージとの比較が起こってしまう。

今回の『夏目アラタの結婚』のように、漫画の場合は、すでに絵があるために、多かれ少なかれキャストとの照合が起こってしまう。そのあたりは完全にパーソナルなものなので正解はなく、結局、個々の好みに委ねられるしかない。

その点で言えば、今回、実写化を観ることで、改めて原作の秀逸さを再認識できたと言える。(この作品に限っては)スクリーンの生身の人間より、描かれた画の方が巧みに心情を表している、と。これは役者さんの演技の巧拙の話ではない。絵が、これほどまでに心の機微を表せるのか、という再発見なのだ。

特に、暗い面会室でガラス越しに接する品川ピエロ(真珠)のそれは感嘆すべきものであり、彼女の内面、外面全ての一挙一動が、敢えて言葉にせずとも、作品のテーマを物語っていると感じられたものだ。そして、そのための舞台であり、設定であり、伏線なんだと。

感想でも批評でもない駄文の帰結として、時に、原作と実写化は全く別ものとして捉えた方がいい、ということ。そして、今では原作の全十二巻を大人買いしてもいいと思い始めている。

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