【創作短編】うさぎときのこ

※本作品はフィクションです。某オンラインゲームの身内キャラクターを元とした二次創作です。実際に存在するキャラクターやゲーム上の世界観、人種、団体、地名、その他固有名詞とは一切関係ありません。


 私、きのこ!
 花も恥じらう17歳のララフェル女子!

 嘘です。今年で23です。彼氏は居ません。

 ウルダハを拠点に活動する冒険者。まだまだ半人前だけど立派な冒険者になるために日々奮闘中!

「では、道中は宜しくお願いしますよ。」
「お任せ下さいハイゼンさん。どんな魔物も追い払いますよ!」

 ハイゼンという名の年老いたエレゼン男性を先導し、ウルダハの西門を抜けて道を行く。今日の仕事の護衛対象だ。

 ウルダハのスラムにいる身寄りのない子供を引き取り、孤児院を運営しているという。余生として自己負担で運営しているというから驚きだ。相当な資産家なのだろう。
 護衛対象が老人とあって馬車での移動を提案したが、徒歩で十分だという。なるほど、杖こそ突いているものの歳にそぐわぬ堂々とした立ち姿だ。恐らく若い頃は戦闘もこなしていたと思われる。

「ところでハイゼンさん、今日はリムサに何しに行くんです?」
「大きくなった子供たちの務め先の候補として漁師や船大工なんかがあるんですが、その現地視察を。代表者への挨拶回りや労働環境の確認、人員の状況なんかを見て回るんです。各職場との繋がり無くしてはやっていけない施設ですからね。」
「へ~、なるほど~」

 遠くを見つめつらつらと語る老人。目じりに深く刻まれた皺が彼の苦労を物語っている気がした。退屈凌ぎのさり気無い質問だったが淡白でシリアスな返答だ。孤児院なんかやってればそうもなるか。
 子供たちもやがて大人になる。そして孤児院を出て独り立ちするには働き口が必要だ。しかし若くて元気なだけで手頃な職に就ける程、昨今のウルダハの景気は良くない。
 私も若くして逃げる様に親元を去った身だが、飛び込んだ先のグリダニアでも働き口を見つけるのは難しかった。私は持ち前の体力を活かして今の冒険者という職に付けているが、それが無ければ今頃森の魔物の餌になっていたかもしれない。


 天気は快晴。茹だる様な暑さに憎ましい空を見上げた。日光がぎらぎらと道中一面に降り注ぎ、乾ききった荒野に照り返して鋭く肌を焼く。
 ウルダハを出て西、私と老人は特に目立った会話も無く港に向かって淡々と歩みを進める。

 今回は港町からリムサまで船で向かうらしいが、今回常設で運行している渡り船は使わない。 ハイゼンの知り合いの貨物船に相乗りする話が付いているとの事だ。運搬ついでに乗せて貰おうという魂胆だろう。多少なりとも金が浮く。
 とは言え、ケチケチするような金銭状況でもあるまい。この依頼だって報酬の殆どを前払いで貰っている。何ならプライベートの船でも買えそうなものだが。陸路を行くにしたって冒険者の護衛なんてセコいことは言わず、傭兵団でも雇えばいいのだ。
 後ろを歩く老人がはははと笑う。

「僕はね、別に贅沢したい訳でも無いし、目立ちたい訳でも無い。金を使うべくは子供たちだ。僕ではない。」

 歩みを緩めず淡々と語る老人の言葉に、嘘はないように思えた。

「今日はいつもの護衛の者が怪我で動けませんのでな。急遽冒険者ギルドの方にお願いした次第という訳です。」
「任せてください!バッチリお護りします!」

 ウルダハからコツコツと歩みを進め、キャンプ・ホライゾンに到着。エーテライトもある賑やかな街だ。港町と首都ウルダハを繋ぐ物流の中継地点であり、出店には多くの品々が並んで活気づいている。

「ハイゼンさん、ここで休憩していきましょう! 確かあっちの方にリムサの美味しいお魚を食べられるお店が―――」

 私が早速食事処に誘導しようとして後ろを振り返ると、付いて来ていたハイゼンがぴたりと足を止めた。我々が先ほど入ってきた東門に鋭い視線を向けている。

「・・地鳴りが聞こえますな。」
「え?」

 彼が小さく放った言葉に素っ頓狂な声を上げるや否や、見つめていた先の東門からモングレルの群れが飛び込んできた。凶暴な野犬の魔物である。

「サンライズ門より魔物多数! 支援要請、支援要請ッ!!」

 ざっと見ても、その数は10や20では利かない。声を上げる門兵二名も魔物を食い止めようと対応はしているが、多勢に無勢。脇をすり抜けた魔物が続々と街に侵入してくる。

「どうにも穏やかじゃないですな。」
「ハイゼンさん、下がってて!」

 私は護衛対象を下がらせた後、腰元の剣を引き抜いた。


「きのこさん、お久しぶりです。お陰で助かりました。」
「いや~何とかなってよかったね。」

 ホライゾンにて常駐警備を行っている銅刃団のフフルパだ。誠実なララフェルの青年である。彼が寄越した水を浴びるように飲み、一息つく。喉を通じ、全身に冷たい水が染み渡った。
 やはり日が照っている日中の戦闘は気付かぬ内に体力を削られる。晴天続きも困ったものだ。

 遅れて駆け寄って来てくれた白魔導士を手で制する。大した怪我も無い。回復は自前で十分だろう。
 私を含め、集った銅刃団や居合わせた冒険者と協力してモングレルの群れを討伐した。銅刃団による避難誘導が功を成して大事に至る怪我人は居なかったものの、出店に並ぶ――特に食べ物類が大きく被害を受けた。
 今は事態も落ち着き、銅刃団が慌ただしく魔物の死体整理していた。その傍らで商人や職人がうろついている。皮や肉を求めているのだろう。商魂逞しい連中だ。
 隣のフフルパがその様子を眺めながら口を開く。

「今年は特に雨が少ないですから、モングレルの捕食対象である草食動物が少ない様なんです。特に今は子育ての時期なので、奴らも死に物狂いで食べ物を求めてきますね。」
「そっか・・でも、街の皆を護れて良かった。」
「ええ、本当に助かりました。相変わらずタフでいらっしゃる。」

 私とフフルパが一服していると、遠くからミコッテの母と娘が控えめに近づいてきた。服装からしてホライゾンの住民だろう。

「魔物の襲撃から街を守って頂き、本当にありがとうございました。娘が無事で本当に良かった・・」

 母親が深々と頭を下げる。つられて後ろの娘もぺこりと頭を下げた。まだ10にも満たない少女だ。反射的に隣のフフルパが立ち上がり、ビッと敬礼して見せる。

「いえ、我々は務めを果たしたまで。娘さん共々ご無事で何よりです。しかし、出店の方はすっかりやられてしまったようですね・・」

 心苦しそうにフフルパが目をやった先には、魔物に酷く荒らされた出店。骨組みは折れ、色とりどりの瑞々しいフルーツが散乱してしまっている。

「命あっての物種ですわ。売り物も全部悪くなってしまった訳じゃないですし、屋台だってまた作り直せます。娘が無事ならそれで構いません。」

 母親の陰に隠れる娘を撫でながら、寂し気に壊れた屋台に目をやる。母親はああいっているが、一度散乱してしまった果物には多かれ少なかれ傷がつく。元値で売るのは難しいだろう。

「ぼ、冒険者のお姉ちゃんも、街を守ってくれてありがとう。あの、これ・・」
「ん?」

 今まで母親に隠れていた娘がおずおずと手を差し出した。そこには、赤く熟れた大きなリンゴ。

「無事だったものです。受け取ってあげて下さい。」

 母親がにこりと微笑む。横のフフルパも釣られて笑みを浮かべた。私は腹の底からゾクゾクと湧き上がって来るくすぐったい嬉しさに口が緩むのを耐えながら、両手に余るほどの大きなリンゴを受け取った。
 一口齧ると、鼻を抜けるさわやかなリンゴの香りと、遅れて口いっぱいに広がるジューシーな甘さと酸味が広がった。戦いの疲れも吹っ飛ぶと言うもの。

「ありがとう!」


 キャンプ・ホライゾンでの騒ぎも片付き、私は宿屋に避難してもらっていたハイゼンと合流した。
 さらに西に向かう。貨物昇降機と併設された長いトンネルを抜け、ウルダハの海の玄関口、砂の家でお馴染みのベスパ―ベイに到着する頃には夕刻に差し掛かっていた。

 先述した貨物船の到着にはまだ時間が掛かるとの事だ。空いた時間で手ごろな店で食事をしようという話になり、私はウキウキで店に入った。この町では海運拠点なだけあり、リムサからやってくるおいしい料理が食べられる。先ほどの戦闘で体を動かして、私はすっかりお腹がペコちゃんなのだ。

「お、いらっしゃい!二人でいいかい?」

 早速店に入ると、日に焼けた小麦色のミコッテ女性が慌ただしくお出迎え。両手のトレーにはエールのジョッキがドカドカと積んである。中々忙しそうだ。

「うん、二人!・・空いてる?」
「悪ィんだけど見ての通り繁盛しててね。相席で良けりゃ案内するぜ!」

 チラリ。背後のハイゼンが小さく頷いたのを確認し、私は店員の後を追う。案内された先、ややボロな木製の円テーブルにはヴィエラの男が既に座っていた。
 兎のような長い耳が特徴の種族だ。特に男性が街中にいるのは珍しい。私と大して変わらない歳の青年の様に見えるが、ヴィエラは長寿と聞く。実際の年齢については外見からは分からない。

「お兄さんごめーん、相席でお願いねェ!」

良く通る声でそれだけ伝えると、店員のミコッテ姉さんはまた忙しなく厨房に消えて行ってしまった。

「悪いね、ヴィエラのおにーさん。」

 一言入れながら私はガタついた丸椅子にぴょんと飛び乗る。彼はこちらに一瞥をくれると、また手元のグラスに視線を落とした。酒ではなく茶を飲んでいるらしい。無口そうなお兄さんだ。まあ嫌ってワケでも無いだろう。

「ささ、座って下さい。ここの串焼きめっちゃ美味しいですから!」

 私は浮足立つ心を抑えてハイゼンに着席を促す。こんな粗雑な店には来たことが無いのだろう。勝手がわからないのか、相変わらず何を考えているか分からない無表情でテーブルを見つめている。

「あれ、ハイゼンさん?」

 動こうとしない老人。テーブル越しのヴィエラ男性がピクリと反応する。

「・・ハイゼン?」
「え?」
「いや、何でもない。もう食い終わる。俺がいると食べにくいだろう、今退こう。」
「ありゃ、ごめんね~気を遣わせっちゃって。」

 グラスの中を空けると、お兄さんは先ほどのミコッテ姉さんにギル硬貨を手渡して風のように去ってしまった。ようやっと腰を下ろしたハイゼンが、彼が消えていった入口に視線をやりながら言う。

「気を使わせてしまったようですな。」
「そうですねぇ。まあいいや!ごはん頼みましょうごはん!何食べます?」
「生憎と外食は不慣れでして。冒険者殿にお任せしますよ」
「分かりました!お姉さーんッ!とりあえずショルログ(羊の串焼き)とお魚串、10本ずつ持ってきて!!あとドライエール・・は仕事中だから我慢ッ! スパイスサイダーと―――」
「蕎麦茶を頂きましょうかな」
「――蕎麦茶!スパイスサイダーは三倍ジョッキね!」
「あいよッ!」


「よかったんですか?ご馳走になっちゃって・・」
「何、構いませんよ。こちらは命を守って頂いている訳ですからな。」
「いやぁありがとうございますぅ」

 結局ハイゼンはドマのお茶2杯とお魚一尾しか食べていない。見た目以上に小食の様だ。お年寄りだしそんなものか。私の方がちょっぴり多く食べてしまっているのに、ご馳走になってしまって申し訳ないなあ。
 せめて若いオンナの色気でお礼しようとくねくねして見せるが、ハイゼンは手元の懐中時計を見るや否や踵を返す。

「そろそろ貨物船が着くころです。港に向かいましょう。」
「あ、はい。」

 仕事も控えているので食事は7分目程度に抑え、私たちは早速店を出て港へ向かった。すっかり日は暮れ、街の人通りは目に見えて減っている。港町であるため漁が盛んな早朝~日中以外の時間帯は人通りが少ない。皆室内で飲んでいるか、明日に備えて寝てしまっているのだ。

 海辺に到着し、夜間の見張りであろう銅刃団と会釈を交わす。かなり眠そうだ。こう物静かでは無理もない。人が居なければ篝火も僅かで、薄暗い港には波音だけが寂し気に響いていた。私が警備兵なら立ったまま熟睡コースだろう。

「漁船が多い時間帯は個人船なんぞ着けられませんからな。漁船や貿易船の邪魔にならない時間帯に港を借りたのです。」
「へぇ~」

 などと雑談を交わしていると、暗い海の先でチカチカと何かが光った。到着合図だろうか。
 あれが今回乗る船だろう。闇を割る様にゆっくりと近づいてくるにつれて、船の全景が見えてくる。そこそこ大きな船だ。ちらりと見ただけでも木箱やら樽やら麻袋が粗雑に積まれている。本当にただの貨物船の様だ。

 ややあって船が港に着くと、鈍い音を上げて碇が下ろされた。追って5,6人の若い衆がロープによる船艇の固定と足場板の準備に取り掛かっている。
バタバタと停船作業を行う船員を残し、一人の男が足場板を通じて港に降りてきた。一際体のデカいルガディン男性。身長は優に2mを超えている。

「ご無沙汰してます、ハイゼンさん。」
「元気そうで何よりです、エルムフィアン。危険な夜にすまないね」
「なーに問題ありませんよ。ここいらの海域はオレ達にとっちゃ庭みたいなもんです。」

 がはは、と得意げに語るエルムフィアンという男。この船の船長だろうか。ハイゼンとは顔なじみの様である。

「きのこさん、紹介しましょう。この船の船長のエルムフィアン君です。彼は僕の孤児院の出身でしてね。」
「オレだけじゃない、ウチの船員は全員ハイゼンさんトコの出身さ。身寄りのねぇ俺達に働く場所をくれた恩人ってワケだ。」
「宜しくね!」

 エルムフィアンと握手を交わす。日常的に縄を扱うからだろうか、皮の厚い岩の様な手が私の小さな手を包んだ。

 陸路での護衛範囲はベスパ―ベイにて終了だが、今回の護衛は海上も同行を求められている。旅のゴールはリムサ・ロミンサの港だ。
 陸路に比べて海上は襲われる危険は少ないが、万一襲われた場合は逃げ場が無くなる。めったなことではないが、悪質な海賊と鉢合わせることもあるだろう。

 旅船であれば、海上の護衛分も旅費が必要となる。その為海上の護衛依頼は依頼者側から嫌煙されがちだが、貨物船の相乗りなら乗車賃も発生しない。何なら今回は戻りの旅費まで込み込みで貰えているのでウハウハだ。リムサでまた美味しい物でも食べよう。

「さ、乗って下せえ。足元に気を付けて下さいよ。」
「今日は酔わないと良いのだがね。」
「ハハハ、前乗ったときは酷かったですからねェ」

軽口を交えてハイゼンとエルムフィアンが乗船する。私も後に続こうとした所で、

"――悪いが、出航は待って貰おうか"

 透き通るような男の声が、風に乗って静寂な夜に響いた。

 直後、一閃。船に乗ろうとしていた私の背後に迫ってきていた投擲短剣を、腰元の剣で振り返りざまに辛うじて弾く。
 続く短剣の投擲をあてずっぽうに転がって回避。相手の居場所は分からない。

「くっ・・!」

 急ぎ暗闇に目を慣らす。敵襲だ。数は多くない。恐らく一人。近くに気配はない。
 未だに姿は見えない。月明りで気付かなかったが、いつの間にか周囲の篝火を消されている。
 このやり方、アサシン(暗殺者)で間違いないだろう。それも相当な手練れ。
 護衛にあたり魔物との戦闘ぐらいは覚悟していたが、人に襲われるとは思っていなかった。積荷があるわけでもないじ、私とハイゼンには襲われる理由がない。
 私は背後の二人に対して叫ぶ。

「二人とも、早く船へ!」
「冒険者の姉ちゃん、アンタもだ!誰だか知らねえが追ってくる前に出航するぞ!テメェら錨上げろ!馬鹿野郎、帆は後だ!推進石割れ!」

 貨物の陰にハイゼンを隠しながら、エルムフィアンも声を張る。待機していた若い衆が慌てて出航準備に取り掛かった。私も追って、既に陸から離れ始めていた貨物船に飛び乗る。船尾でしゃがんでいた一際若いアウラの少年が叫んだ。

「推進石割ります!」
「よし、全員伏せろ!」

 小さな小瓶が割れるような音を追うように、強烈な突風が船を強引に押し進めた。急発進が必要な時に用いる魔石だ。船の後方で割ることで突風が生じ、船尾を押す形で瞬間的に推進力を得る事が出来る。
 私たちを載せた船は、推進石の力で港から一気に150ヤルム程度の距離を海を裂く様に爆進。

 船上の全員が水しぶきでずぶぬれになった甲板に伏せて事なきを得た。海に落ちた者はいなさそうだ。私は風に飛ばされないよう抑えていた帽子を被り直し、思わず口を開く。

「すご・・こんなん初めて見た・・」

 危うく振り落とされる所だった。私含め全員がずぶ濡れだが背に腹はかえられない。

「オレも使うのは久々だったが上手くいって良かったぜ。良くやったな。」
「へへへッ!」

 先ほど魔石を割った少年がワシワシと頭を撫でられて喜んでいる。まだ14,5歳だろう。船乗り見習いと言った所か。

「いきなりの襲撃で驚いたが、ここまで来ればもう安心だろ。海の上じゃ追っては――」

 エルムフィアンの言葉が止まる。驚いたような表情で固まったままだ。

「お、お頭ァ!」

 船員の叫びを聞いてハッと我に返る。夜の暗さと、彼の巨体に隠れて気付くのに遅れた。エルムフィアンの腹部が赤く染まっている。背後から短剣を突き刺されているのだ。
 その後ろ、巨躯の陰に潜むようにして、その男は音もなく佇んでいた。

「テメェ・・いつの間に――」
「アンタはこの程度の傷で死ぬタマじゃないだろう。俺の狙いはハイゼンという男だけだ。身柄を渡してもらおう。」

 後ろ腰に刺したナイフを引き抜き、赤に染まったナイフの腹をエルムフィアンの首元に当てる。

「要求が飲めないなら、乗組員一人一人を消していく。」

 敢えて急所を外しているのだろう。腰の刺し傷の激痛に顔を歪めてはいるが、立っていられるだけの意識がエルムフィアンには残っているようだ。
 ひりつくような静寂の中、月に掛かっていた雲が晴れる。闇に隠れていた暗殺者の顔が、月明かりの下に露わになる。

「アンタは、さっきの・・!」
「また会ったな冒険者。尤も、抵抗するなら今此処でお別れになるが。」

 襲撃してきたのは、先ほど食事をした店で会った無口なヴィエラの男だった。黒い短髪に種族の大きな特徴でもあるウサギのような長い耳が月光に映えている。

「事を長引かせる気はない。さっさとハイゼンを出せ。」
「ぐっ・・!」

 エルムフィアンの首に当てられたナイフから、じわりと一滴の血が垂れる。悠長にお喋りしてくれる相手でも無さそうだ。

・・どうする。周囲は海。咄嗟の判断とは言え、海に出た事で逃げたつもりが逆にこちらの逃げ道を塞いでしまった。
 先の短剣投擲、気配の遮断からして、やはり並のアサシンではない。私一人ならともかく、狭い甲板上では下手に戦闘になってはハイゼンさんや乗組員らを庇う事は難しい。

「お前ら、俺に構うことはねぇッ! こうなりゃ一緒に海に沈んで貰うぜ!」
「だ、ダメッ!」

 それまで動きを止めていたエルムフィアンが動いた。痺れを切らしたのか、彼はアサシンの虚を突き首元のナイフを退け、その巨体でアサシンに体当たりを仕掛ける。
 我々を逃がす為の、巨躯から繰り出される身を挺した突進はしかし、

「カ・・ア・・・」

 私の抑止空しく、アサシンのナイフの餌食となった。美しいまでの刃捌き。襲い掛かる巨躯をひらりと躱し、舞う様にしてエルムフィアンの首に一撃。
 鮮血が散り、大男はどさりと崩れ落ちた。頸動脈を一撃。どぼどぼと赤黒い鮮血が、彼の魂ごと流れ落ちる。この場にヒーラーが居たとしても助かる傷ではない。あまりに的確な、生物の活動を止める一撃。

「クソッてめェ!!!よくもお頭を!!」
「待って、やめてッ!!」

 大将がやられたのを見て、見ていることしか出来なかった他の乗組員が武器を手に取った。その内の耐えかねた二人の船員が叫ぶや否や、斧や短剣を振りかざし無謀にもアサシンに斬り掛かる。
 結果は見えていた。アサシンは背中に目でもあるのか、すぐさまその身を翻して二振りの剣を振るう。あまりにも容易、新たに二人の乗組員が赤に染まった。甲板に二つの体がごとんごとんと音を立てて崩れ落ちる。

「仕方ない。」

 アサシンが呆れたように目を瞑る。そしてゆっくりと開かれた視線が、鋭く残りの船員を捉えた。全員殺して回る気かッ!

「――ッ!」

 目の前の事態に硬直してしまっていた足にバチンと喝を入れ、私は勢いに任せて剣を抜く。
戦いは避けたかったがそうも言って居られない。私が、やるしかない。

 剣を抜くや否や、アサシンは船員から目をそらし、標的をこちらに移した。瞬間、目前に迫る二振り。暗闇に紛れて視認が難しい。
 剣での防御は諦め横っ飛びで躱そうと試みたが肩と腹部に被弾。切傷。浅い。鋭い痛みに奥歯を嚙み締めつつ、甲板の上を転がる。
 起きがけ、間髪入れずに飛んで来たナイフをバックラー(小盾)で受ける。矢継ぎ早に繰り出される攻撃。こちらが攻め入る隙が無い。

「おかしな体をしているな。今の一撃、そんな浅い傷で済むはずは無いんだが。」
「生憎と、丈夫さだけが取り柄だからね。」

 "おかしな体"はこちらのセリフだ。
 跳躍際、私が被弾覚悟で敵の右腕にがっつりと入れた筈の一撃。肉を裂き、刃先が敵の骨に当たる感触までしっかり感じていた攻撃。いや、間違いなく攻撃は通っている。しかし、彼の腕は既に半分程度治癒してしまっているのだ。
 ここは船上。いわば孤島だ。敵のヒーラーがどこかに隠れているとは考えづらいし、特殊な装備を身に着けているようにも見えない。明らかに異常な回復速度。

「ハイゼンを差し出せ。お前と戦う理由が俺にはない。」
「あなたになくても私にはある。護衛対象のハイゼンさんを狙うなら、私はあなたと戦う。」

 木製のバックラー(小盾)に刺さったナイフを抜き捨て、改めてアサシンに剣を向ける。ここで気付いたが、敵はまだ腰元に佩びた蒼い双剣を抜いていない。
 あくまで補助武器である投擲用の短剣しか使っていないらしい。手を抜いているのか、使わない理由があるのか。
 慣れない対人戦。それも強敵。剣を持つ指先が震えた。バレているかもしれない。だとしても、退く事はできない。
 私は冒険者だ。剣はあくまで依頼の上でしか握らない。魔物の討伐は行うが、人に剣を向けるのは抵抗がある。
 私はあくまで平和を乱す存在を無力化するために剣を握るのであって、人殺しがしたい訳じゃない。悪人が相手だとしても、その罪を裁くのは私ではない。
 人類みな聖人たれ、なんてキレイゴトを言うつもりはないが、ヒト同士で剣を交える事は嫌いだし、何より怖かった。

 両者武器を構え、睨み合い。やけに長く感じる粘ついた時間。魔物と違い、人が相手だと頭を使う。自慢じゃないが苦手分野だ。
 剣の切っ先の震えを悟られないよう必死になっていた私だったが、目の前のアサシンは本当に戦闘の意思が無いのか、とうとう武器を収めてしまった。

「お前、なぜハイゼンを庇う?」
「え?」

 予想外の問いに、私も戦意が削がれ、構えた剣の切っ先が下がった。
 アサシンが続ける。

「あいつは――」

 アサシンの男が言いかけて、その視線を私の後ろに向けた。釣られて私も振り返る。

「ハイゼンさん!? 出てきちゃダメだよ!」
「いえ、もう良いでしょう。潮時です。どの道船上では逃げ道が無い。」

 止めようとする私を制し、ハイゼンがアサシンと対峙する。今のところ、アサシンに短剣を構える素振りはない。
 私は警戒心を緩めぬまま、ハイゼンさんの次の句を待った。

「やはり私の家族を殺して回っているのは貴方だったようだ。」
「"家族"? なるほど、家族ね」

 それまで何があっても無表情だったアサシンの男が、口元を隠すスカーフの下で笑った気がした。

「それで冒険者を雇った訳だ。合点がいったよ。」

 話に置いてきぼりの私の表情を見てか、アサシンの男が続ける。

「孤児院の代表者といえば聞こえはいいが、その男は言わば奴隷商だ。身寄りのない子供を集めては各地に売り捌いてる。
「えっ・・・」

 目の前のハイゼンは反論しない。しかしその小難しい顔がより一層険しくなる。

「奴隷商・・?」
「冒険者殿、騙すつもりはなかったのです。」

アサシンを睨んだまま、ハイゼンが続ける。

「彼の言う通り、僕は人に褒められるような男ではない。」
「ハイゼンさん・・・」

 潮の香りに交じって甲板を染める赤の臭いが鼻につく中、静かに揺れる船上で老人は滔々と語り始めた。

 老人は若い頃、ザナラーンの鉱山で働いていた。地道にコツコツと働き、気付けばもう高齢。引退を考えた矢先、巨大な金鉱を掘り当てた。
 もとより第一線を退くつもりだった彼は、稼ぎの一部を貰う条件で弟子の炭鉱夫らにその金鉱を譲った。

 その後、老後の為に地道に蓄えてきた金が塵に見えるような莫大な金が彼の懐に転がり込んできた。金鉱からは良質な金が多く採掘され、弟子はそれらの売り上げの多くを老人に送ったのだった。

「そんなに要らないと言ったんだが、彼らが受け取ってほしいと聞かなくてね。私なんぞが大金を持っていても宝の持ち腐れだと、あの時は足りない頭で色々考えた。」
「それで、孤児院?」

 私の問いに、ハイゼンは頷く。
 老後の趣味があるわけでもなく、手持無沙汰にウルダハの街を歩きながら金の使い道を考えていると、道行く子供達に目が留まった。
 裏路地の陰に固まるように座し、乾ききった目で感情なくこちらを見てくる。今まで見て見ぬふりをしていた、この街の暗い部分。「ああ、これだ」と、当時の彼は確信した。

「国政なんかに任せていてもこの街は変わらない。私は私ができる範囲で、この街を良くして行こうと考えた。」

 一瞬、若き女王の顔が脳裏を過る。シビアな国民の意見に頷き、私は先を促す。
 その後、溜まっていた資金でスラム街近くの大きな空き家を購入。彼は今までの住居を捨て、そこに移り住んだ。時に他者の手助けも借り、空き家を孤児院へと改装。子供の受け入れ態勢を整えた彼は、満を持してスラム街に向かった。
 が、誰かも分からない老人の言葉を受け入れる程、スラム街の子供は他人を信頼していない。

「あの時は子供達に襲われたりもした。まあ所詮は子供、殺されるなんてことはなかったが、信頼を得るには日が掛かると確信したよ。」

 それから暫く、子供たちの近くで暮らす日々が続いた。
 一年近く身近で生活することで子供たちの警戒心はやがて解かれ、用意していた家は次第に子供たちのたまり場になった。

「巷じゃ"スラム街で子供と暮らす変なジジイ"なんて噂が広まったりしましてな。言われて嬉しかったのを覚えているよ。」

 そうして子供たちの信頼を得た老人は、スラム街の子供たちの面倒を見るようになっていった。

 ハイゼンが身寄りのない子供を引き取って育てているのは本当だったようだ。
 親に捨てられた者、親を亡くした者、事情は様々だが、ウルダハの奥に広がるスラム街にそういった子供が多いことは私も知っていた。

 しかし、問題はここからだった。元々スラム街の生まれである子供達。特技や学がある訳でも無く、品が良いとは言えない喧嘩っ早い若者だ。
 大人ですら仕事に困っている今のウルダハに、スラム育ちのゴロツキを受け入れてくれるような職場は無かった。
 そして、そんな腕っぷしだけが取り柄の若者の集まりに目を付けたのが、リムサ・ロミンサの海賊連中である。ウルダハに働き口が無い彼らを、海賊達は"買いたい"と言ってきた。

「それって――」
「そうだ。僕は施設に引き取った子供たちを育て・・海賊に売ったのだ。」

 言葉に詰まる。スラムから救うつもりだった子供たちを、海賊の手下として売らなければならない。これが当時の彼にとって如何に苦痛であったかは想像に難くない。

「・・感傷に浸っている所悪いが、昔話はその辺でいいだろう。爺さんの長話に付き合って居られるほど俺は気が長くない。」

 帆柱に背を預けていたアサシンの男が、過去を語る老人を制するように口を挟んだ。

「俺は別にアンタの過去に興味がある訳でも、今のアンタに恨みがある訳でも無い。アンタを暗殺するよう依頼があった。そしてそれを実行する。それだけだ。」

 あまりに淡白な物言いに、私はつい口を挟む。

「ちょっと待ってよ。幾ら依頼とはいえ、ハイゼンさんがそんなに悪いことをしてるとは思えないよ! そりゃ海賊に人を売ったのは悪い事かもしれないけど・・その人達だってハイゼンさんがいなかったら路頭に迷ってたんだよ!」
「自分の子供という訳じゃないんだ。育てた子供らが幸か不幸かは関係ない。犯罪者を育てて世に排出してるんだぞ。」
「それでも、それでもハイゼンさんに育てられた人たちは救われてる、と、思う・・」

 自分の言葉に自信が持てず、言葉尻がしぼんでしまう。暫しアサシンが何か考える様に目を閉じ、ややあって口を開いた。

「俺の依頼主は、一人の女性だ。」
「えっ・・?」
「その女性は6人の大家族で、父と母、息子三人と一人娘の全員が漁師という漁師一家だった。」

 暗殺者が依頼主の情報を漏らすのはタブー中のタブーだ。私は呆気に取られ、ただ彼の言葉を待つ。
 傍のハイゼンに目をやると、彼は話の意図を掴んでいるのか、目を瞑って険しい表情をしている。

「早朝、いつものように家族を送り出し、女性は昼過ぎに帰ってくる家族の為に料理を作っていた。そして真昼間。家の扉が激しく叩かれる。家族らの帰宅にはやや早い時間だと疑問を抱きながら扉を開けると、顔見知りの漁師だった。」
「あ・・」
「漁船が海賊に襲撃された。漁船に迎撃手段なんかないからな。幅寄せた船から一気に乗り込んだんだろう。漁師の男連中は依頼人の家族諸共惨殺。一人娘は漁船に乗っていた唯一の女性で、散々弄ばれた後に海に投げ捨てられたそうだ。」

 長期の節制や禁欲を強いられやすい海上での海賊被害は、物資の強奪もそうだが性被害もかなり多いと聞く。
 私は、途中からあまり聞いていなかった。あまりにも淡々と語られる凄惨な事件に、気付けば無意識に情報を遮断していた。

「その海賊連中は後にリムサのイエロージャケットがとっ捕まえたが、その依頼主は『同じような出来事を二度と起こしてほしくない』との思いで、彼らを輩出している大元・・つまりハイゼン。アンタの存在を知り、暗殺を依頼してきたわけだ。」

 要人の、それも黒い噂が絶えない者の暗殺。冒険者ギルドへの依頼とは訳が違う。それこそ私が見たら目が飛び出るような依頼の額だろう。黒い依頼という奴だ。

「海賊に人材を売るとは、そういった被害を助長する事と同義だ。それでもお前は、そこの老人が"正義"だと言えるのか?」
「それ、は・・」

 返す言葉が出てこなかった。
 ハイゼンが私の背後に居て助かった。彼が目の前にいたら、私は護衛対象に向けてはいけない感情を、露骨に向けてしまっていたと思う。

「それでも、私はッ・・!」
「いいのです、冒険者殿。」

 ふいに、背後にいたハイゼンが私の頭にぽんと手を置いた。本当は肩に手を置きたかったのかもしれない。身長差がありすぎるのだ。振り返ると、彼の双眸が鋭くアサシンに向けられていた。

「・・改めて聞くが、4人居た側近をやったのも君だな。」

 ハイゼンの問いに「さてね」と肩をすくめるアサシン。恐らく黒だろう。暗殺対象の外堀を埋めていく。暗殺の常套手段だ。
 言われてみれば、ハイゼンが私のような冒険者を雇ったのも、彼が道中口にしていた"いつもの護衛"が既に暗殺されていたからだろう。でなければ、暗殺を企てられるような人物が自分の息の掛かっていない人間を護衛にはしない。

 ハイゼンの視線が、貨物に隠れる残った船員たちに向けられる。残るは三名。大人のミコッテ男女と、まだ幼いアウラの少年。既に仲間を二人屠られ、彼らは完全に恐怖の表情を浮かべている。彼らからアサシンに視線を戻すと、ハイゼンは私を遮るようにアサシンの前に身を出した。その手には、一本の細剣が握られている。持っていた杖は仕込みだった様だ。

「護衛の者だけじゃない。この船の船員だって僕の子供達、家族だ。なんと言われようがこれ以上貴様の手に掛けさせるような真似はしない。」

 抜き身の刃をアサシンに向け、ハイゼンが続ける。

「確かに悪を育ててしまったかもしれない。しかし善悪問わず彼らは僕の子供なのだ。」
「いい覚悟だ。心配せずともすぐ先に逝った子供たちの所に送り届けてやる。」

 対し双剣を構えるアサシン。私はとっさに口を出す。

「ダメだよそんなの!ハイゼンさんは私が――」

 目の前で護衛の依頼主に背を向けるハイゼン。私が止めに入るも据わった目で私を制する。その凄味、背筋に冷気が走るかのような、本能的な恐怖。彼は本気だ。私には止められない。

 一触即発。狭い船の上だ、広い間合いは取れない。既に互いに射程圏内。どちらかが動けば戦いが始まる。
 そして私にはもう、その結果が見えてしまっている。

 先が見えている戦い。しかし、鬼気迫る二人の対峙に、私はそこに割り込めずにいた。ゆらゆらと揺らぐ仄暗い船の上、べったりと粘性を帯びた時間がじわりと空間を侵食する。

「――ッ!」

 間合いを見極めるハイゼンの足元。じりじりと距離を詰めていた靴底が、僅かに音を立てた。
 止まりかけていた時間が、刹那弾ける。

 先に仕掛けたのはハイゼンだ。一気に踏み込み、細剣の切っ先が鋭くアサシンの胸元を狙う。
 これを左の短剣でいなし、そのまま体を旋回、防御から流れるような右の剣撃。ハイゼンは読んでいたかのようにアサシンの横薙ぎを姿勢を落として躱すが、これもアサシンの想定内。
 体の回転を殺さぬまま、ハイゼン同様姿勢を落としたアサシンの回し蹴りが老人の体を跳ね飛ばす。

「ぐっ・・ぬぅ・・」

 海水に濡れた甲板に転がり、蹴撃の苦痛に呻くハイゼン。何とか腕を地に付き立ち上がろうと試みるが、

「―――ッ! ぐぉお!」

 床に広げられた手の甲を縫うように、彼の両手に短剣が叩き込まれた。
 両手を地につき、詫びる様な形で体を縫い留められた。そして、その首に杭のような細長い短剣が突き立てられる。

 声にならない悲鳴が、船上に響いた。

 戦いに決着が付き、止まっていた時間が動き出したかのような錯覚。波音、船の木材がきしむ音、自身の心拍音、様々な音が漸く耳に流れ込んでくる。
 目の前の老人の凄惨な姿だけが、今の瞬間の異常さを物語っていた。

「依頼者からは『耐え難い苦痛で以て犠牲者に弔いを』と、依頼を受けている。」

 気道を貫かれ、流血で呼吸はままならず、かといって刺し口は狭く即死には至らない。
 杭を抜こうにも両腕は床に縫われ、声を上げようにも気道は血で詰まり、空気を求めれば求める程、気管に血液が流れ苦痛を増長させる。

 声はなく、手を使えず、ただ一人苦しみに身悶える老人。アサシンはその姿を、感情があるのかないのか、ただただ静かな目で見ていた。

 酸欠か、出血多量か。死因となるならそのどちらかだろう。一瞬、苦しみ悶えるハイゼンと目が合った気がした。
 苦悶を浮かべる彼の視線に、私は見ていられず、少し躊躇った後に腰の剣を抜いた。

 何か言われるかと思ったが、アサシンはそれを止めなかった。


「冒険者さん、ありがとうございます。なんだか身内のゴタゴタに巻き込んでしまったようで・・」
「この仕事やってると、良くある事だよ。」

 今までの冒険で出会い、別れた人々の顔がふと頭を過る。

「街の裏手にこんなところがあったんだね。」
「ええ、小さい頃はこの辺で良く遊んでいました。今でもスラムの子供たちなんかが時々遊びに来ます。」

 小さな土の山に祈りを捧げる私の後ろで、ミコッテの青年が懐かしむように周囲を眺める。

 ウルダハのスラム街を抜けた先。入り組んだ道の先に、小さな広場のような開けた場所があった。
 冒険者ギルドの裏あたりだろうか、建物と建物の隙間のような空間。周りにそびえる建物の壁が日を遮っている為、日中にも関わらず薄暗い。建築途中の資材が放置されてたのか、木箱がいくつか転がっているだけの空き地だ。
 そんな広場の隅っこ、誰からも忘れ去れらたようなその場所に、亡きハイゼンを埋葬した。

 船上での戦闘の後、ハイゼンの死を確認すると、アサシンは周囲は海一面だというのに音もなく姿を消してしまった。残ってしまった私と、生き延びた乗組員の三人は船でザナラーンに引き返した。
 一夜明け、船員の伝手で馬車を手配すると、彼らは慣れた手つきでハイゼンの遺体を厚手の布にくるみ、荷台に乗せた。そのまま早朝馬車を走らせ、船員の案内でこの広場に連れて来られたのだ。曰く、死ぬならここに埋まりたいと生前言って居たらしい。
 船員らに交じって朝から埋葬の手伝いをし、ようやく一息ついた所である。

「・・今までも似たような襲撃はあったんです。いつかこうなるような気はしてました。」

 声のトーンは暗いが、表情は毅然としている。世に海賊を輩出している男となれば、憎む者も多かろう。彼の言う通り、今回助かったとしても次また別の暗殺者に狙われていたに違いない。

「僕らは幸いお頭の・・エルムフィアンさんの貨物船の乗組員として働けていましたが、孤児院を出た多くの連中はあの暗殺者のいう通り海賊や犯罪組織に身売りされました。それしか生きる道が無かったとはいえ、彼らの犯罪行為の犠牲者を思えば、ハイゼンさんに罪が無いとは・・私も思えない。」

 私は黙って頷いた。育てられた当時の子供たちにとって恩義はあれど、悪を育て世に放つハイゼンは、やはり悪なのだろう。
 スカートに付いた土ぼこりを払い、立ち上がる。ぐっと身を反らし、高い壁に阻まれ小さくなった青空を見上げた。

「ハイゼンさんが亡くなって、またこのスラム街に行き場のない子供が増えるかもね。」
「ええ。大人になった今、ハイゼンさんが私たち孤児を見て見ぬふり出来なかった気持ちも分かります。実際、私はそのお陰で今も生きているし、感謝が尽きない。」

 善悪を内包する親代わりの存在に、彼としても気持ちが据わらない所があるだろう。ただ、人間そんなもんなような気もしている。完全な善人や完全な悪人など、果たして存在しうるのか。

「とにかく、ハイゼンさんだけじゃなく、エルムフィアンさんも居なくなってしまいました。今後は俺たち三人で何とか生きていかなきゃいけません。」

 私は頷く。

「・・カタキ討ち、なんて考えてないよね?」

 ミコッテの彼の耳が、ぴこんと少し動いた。ハハ・・とバツの悪そうな表情を浮かべる。

「あの時――目の前でハイゼンさんが息を引き取った時、一瞬その考えは過りました。しかし、先程も言いましたがハイゼンさんは言い逃れできない悪人だ。遅かれ早かれこうなっていたように思います。」

 あんな暗殺者に太刀打ちなんか出来ないですしね、と肩を竦めて見せるミコッテの青年。思い詰めている様子もなさそうだ。先ほども言っていた通り、いずれこんな事になると覚悟はしていたのだろう。
 早速新しい仲間を探して再出発です、と自身を鼓舞し、彼は先に帰っていった。スナックサンドに待たせているという残りの乗組員二人に宜しくと、すでに後ろ姿になった彼を見送る。

 残された私は、持ってきていた一輪の花だけを手向けとし、墓標すらない老人の眠る場所に別れを告げた。


「律儀な奴だな。」
「うわあ!」

 踵を返して広場を去ろうとしたところに、いきなり声を掛けられた。背後を振り返ると、見知ったヴィエラの男。この広場に入口は一か所しかなく、今まさにそこに向かって歩いていたのに。どこから入ったのか、相変わらず神出鬼没な男だ。

 咄嗟に距離を取り、剣を構える。が、男は私の緊張感を他所に、気怠そうに頭を掻きながらテクテクと歩み寄ってきた。

「あー、今日アンタとやりあう気はない。アンタも冒険者だ、仕事が終われば依頼上の人間関係も白紙。違うか?」
「む。」

 彼の言い分にも一理ある。剣を収めた。
 先日の彼の言葉を借りれば、彼だってハイゼンに恨みがあったわけではないだろう。依頼の上でハイゼンを狙い、それを護衛しようとしていた私と結果的に敵対したに過ぎない。
 互いに仕事が終わった以上、私もこの男と敵対する必要はない。よく見れば、彼も昨日に比べればずいぶんラフな格好だ。本当に戦う気は無い様に見える。

「で、何しに来たの?」
「いやなに。お前らがハイゼンの亡骸を包んで丁寧に持ち帰るもんだから、蘇生の儀式でもやるのかと念の為跡を付けてきただけだ。」
「うわ、ストーカーじゃん怖い」

 睨まれた。睨みたいのはこっちだ。

「・・いい場所だな。」
「え?」

 彼があたりを見回す。そういえば、身なりはラフだが口元は相変わらずスカーフで隠している。彼なりのファッションなのかもしれない。

「街にいる殆どの奴がこんな場所知らないだろう。スラム街の連中だって稀に子供が来るだけらしいな。」

 乗組員さんとの会話まで聞かれている。ほんとにどこに隠れてたんだか・・

「こんな街の隅じゃなくて、もっとちゃんとした所が良いかな、とは思ったよ。でも多分、身元を明かしたら受け入れてもらえない。それにここは本人の希望でもあったし・・」
「いや、それでいい。」

 やや私の言葉を遮るように、彼は続ける。

「墓に入ったら、生前の姿を見れるわけでも、声を聴けるわけでも無い。今を生きてる奴らの目に留まるような場所になんか、なくていい。今を生きてる奴らが前を向ける様に、忘れられるくらいが丁度良い。」

 過去に大切な人でも亡くしたのか、珍しく饒舌に語る彼。その心境を察することは出来ない。冷たいような、それでいて芯に一本信念を持ったような、そんな瞳が印象的だった。

「ハイゼンは死んだ。奴に恨みを持っていた連中も、暗殺されたと知って多少怒りは和らぐだろう。俺の依頼主も奴の死を知って気が晴れた・・かどうかは分からないが、ひとまず顔色は良くなっていた。」

 どこから取り出したのか、彼が土の山に花を手向けた。スターチスの花。
祈る様子はない。土山に数本並ぶ花を、しゃがんだまま静かな瞳で見つめている。

「多くの人から忘れられ、それでも自分を想ってくれていた奴だけは、時折思い出したように足を運ぶ。――墓は、そんな場所が良いと思う。」
「・・そうだね。そうかも。」

 彼に釣られて土山に目をやった。人知れず、日も当たらず、親しい人だけが知っている場所。確かに良い場所なのかもしれない。
 自分の墓場を是非を考えるには、私はまだ若すぎるけど。

「ハイゼンさんは、悪い人だったのかな」
「それは俺たちが決める事じゃない。孤児だった連中からすれば良い奴だろうし、その連中が市民を襲えばその市民からは悪人だと思われているだろう。」

 腕を組み、一呼吸挟んで彼が続ける。

「正義なんてものは主観によってコロコロ変わる。昨日アンタは魔物の襲撃から市民を護る正義だったかもしれないが、魔物からすれば子育ての為に必要な食料を確保しようとした所を殲滅させられた。魔物から見りゃアンタが悪だ。」
「それは、そうかもしれないけど。・・っていうかマジで昨日丸一日尾行されてるじゃん!ストーカーじゃん!」

強烈なチョップを喰らった。おでこ割れそう。

「ぬおおおお・・・」

 死にかけのミミズのようにゴロゴロとのた打ち回る目前のララフェルを、冷めた目で見下すヴィエラの男。彼の目に一瞬飾りっ気のない白い布が見えた様な気がしたが、目を閉じて見なかった事にした。

「・・あ。」

 額の激痛に身悶えていた私が、はたと動きを止める。

「どうした?」

 地面に寝っ転がったままピタリと動きを止めた私に、訝し気に問いかける彼。
 彼の疑問に、私は腹の音で返事をした。

* * *

「うーん、うまい!おかわり!」
「なんで俺まで・・」
「細かい事気にしないの!男でしょ!」

 わはは、と笑いながら隣に座るヴィエラ君をぺちぺち叩く。昨日我慢していた酒も入ってすっかりゴキゲンだ。
 行きつけのスナックサンドに顔を出すと、珍しく男を連れた私にモモディがやたらと絡んできた。話題に飢えているのかもしれない。彼女の目の前のカウンター席を執拗に勧めてきたが、これをスルーしてテーブル席に陣取った。

「そういえばアンタ、人とやりあった経験少ないのか」
「うーん、経験が少ないというよりは、あまりやりたく無いかな。対人戦になるような依頼は避けてるから。なんで?」

 彼が視線だけこちらに向ける。

「昨日、剣先が震えていただろ。50ヤルム先からでも分かる」

 いや怖。目に望遠鏡でもついてるのか。
 外では飲まないという彼。野菜スティックを齧りながら昨日と同じ蕎麦茶を啜っている。
 ・・もしかして蕎麦茶、流行ってんの?

「悪いことは言わない、冒険者をやるなら人との戦闘には慣れておいた方がいい」
「ふーんだ。いいんだよ、必要になったらやるときはやるし、私普段は物資配達とか調達任務ばっかりだもん。」
「アンタにその気が無くても、街の外に出れば盗賊みたいな連中もいるだろう。いざと言う時咄嗟に体が動かないと死ぬぞ。」
「お兄さんがそれ言う? それに私、その辺のチンピラなんかに負ける気はないよ。」

 16本目の串焼きを口いっぱいに頬張り、むんっと胸を張る。伊達に冒険者はやってない。その辺の一般人との戦闘であれば、致命傷を避けて戦う程度の技量はあるつもりだ。
 とは言え、彼の言い分も分かる。私が担うような依頼でも、人から襲われるケースは少なくない。特に高価なものや誰かにとって価値があるような品を運んでいると、横取りのような妨害が入るのが常だ。

「ま、それが嫌ならどこかのFC(フリーカンパニー)にでも所属するんだな。パーティを組むなら多少分業も出来るだろ。対人戦が得意な奴と組めば、アンタはサポートに回るなり、やりようはあるだろう。」
「うーん、FC・・パーティね~・・」

 元々マイペースな私だ。自分のペースでのんびり仕事をしたいが為に、そういった複数名での仕事は避けていた節はある。

「ん? 対人戦が得意な奴・・・?」

 17本目の串焼きを手掴んだあたりで、ふと気づく。ゆっくり隣の男に視線をやると、意図を汲んだのか露骨に面倒くさそうな表情を浮かべた。

「お兄さん、私と組まない?」


「へ~、お兄さんもFCに所属してたんだね」
「創設者と俺のまだ二人だけだけどな。アンタが入るなら3人目だ。」
「ふーん」
「言っておくが、あくまで加入の合否を判断するのはウチのトップだ。断られても文句は言うなよ。」
「分かってるって。」

 食事を終え、二人してウルダハのエーテライトに向かう。あくまでヴィエラの彼はフリーカンパニーのメンバーであり、私を判断するのは組織のボスらしい。そりゃそうか。
 ボスの日取り調整が必要と言われた。そこそこ忙しいのか、今日さっそく顔合わせとはいかないらしい。私は連絡用に彼から受け取ったリンクシェルをポケットに放り込む。

 その際、隣の彼が佩びている青い双剣が目に入った。先の戦闘ではサブの短剣ばかりを使用し、結局使われていなかった。あれでも手を抜かれていたのかもしれない。

「ねぇねぇ、ところでそれって双剣ってやつ? 私も使ってみたいから教えてよ~」
「断る。一般には公開されていないが、リムサに双剣士のギルドがある。そこで習えば良い。」
「それは知ってるよ、実はそこでもちょっとだけ習ったんだけどさ。やっぱり身近に教えてくれる人が居る方がイイじゃん。ねー教えてよー」
「嫌だ。引っ張るな。弟子は取らない。」

にべもない。ここは攻め方を変えるか。

「ん~? アレレw もしかして教える自信がないのかな?w まだまだお兄さんも半人mいだだだだ!耳ちぎれちゃう!!!」

 危うく耳が着脱式になるところだった。ララフェル愛護団体が泡を吹いて倒れそうな仕打ちだ。

「・・俺の指導は厳しいぞ。」
「おっ、マジ? やったー! 新しいミラプリ考えなきゃ!」
「まずは装備を買え。」


 昼過ぎ。エーテライト前の広場は今日も街を行き交う人で大賑わいだ。近くに不滅隊の窓口が構えられているのも相まって、エーテライトに至る通路をひっきりなしに人が出入りしている。

「日時が固まり次第連絡を入れる。それまでは待っててくれ。」
「はーい、また連絡宜しくねーお兄さん。・・ん?お兄さん?」
「ん?」
「そういえばお兄さん、名前聞くの忘れてた。」

 一瞬ぽかんとする彼。笑いそうになった。そんな顔も出来るんだ。まあ暗殺者を生業としていては、人に名前を語る機会も少ないのだろう。無理もない。

「ああ、言われてみればそうだ。俺はうさたろ。アンタは?」

 横を歩く彼に、私は背伸びをしながら答える。道行く人々のざわめきに埋もれぬよう、声を張る。

「私、きのこ! 花も恥じらう17歳のララフェル女子!」


 ~ おしまい ~

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