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25歳女、ストリップで無事はじめてを奪われる


いやあ、やべぇとは聞いてたけどさ、ついに行っちゃったよストリップ。

大阪は天満の『東洋ショー』。昼の12時から、実に1日4公演を回しているらしい。そんな日の高いうちからエッチな興行をやってるなんて、ジャポンってこわい国ね。



ろくに確認もせず最寄りのJR天満駅に向かったら、最終公演開場の1時間前くらいに到着してしまった。こちとら過密スケジュールの申し子、絶対に時間を無駄になんてしないんだからッ、と息巻いて近くの美味しそうなエスニック料理店を覗いてみたけれど、混雑していて入店を断念。

代わりにお向かいにあった立ち飲み屋にお邪魔してみた。狭い店内だったけど、どうやらマスターが音楽好きらしくて、それ関係のエッセンスがあちこちに散りばめられている。

仕方なく飛び込んじゃった気後れもあって、ひとまずは相手の土俵で相撲とろかな、と音楽談義を持ちかけるわたし。
「ファンクは最近聴いてます」と言ったら、「パンクはいいよねえお姉さんわかるねえ」と喜ばれてしまう。話題をそらすべく、しかし暑いっすねーなんて髪をかきあげたら、買ったばかりのピアスに指が引っかかって金具が壊れる。うちのおすすめだよと言われて注文したローストビーフにコバエが止まる。しかも2回。そいつを払った手が隣のおっちゃんの肩をしたたかにどつく。

うまくいかないことが続く時は、縁もゆかりもない環境に飛び込むのがいちばん効くわけだけど、幸いなことに、これからわたしには生まれて初めてのストリップショーが待っているのだ。


***


開演10分前になったのを確認して、会計を済ませ店を出て、いざ目的の場所へ。

その建物には青い看板にゴシック体で『東洋ショー』の文字が書かれていて、これでもかってくらい並べられた赤い矢印が入口にこちらを誘っている。フェロモンにつられて山から降りてきただけのサルにもわかる、親切設計。そういう雑なデザインも、かえって胡散臭さを加速させてていい感じだ。


『18歳未満立ち入り禁止』と書かれた先に足を踏み入れるのは、生まれてはじめてのことだと思う。その年齢のラインを越えて久しいけれど、田舎の箱入り娘なアタシは、TSUTAYAのアダルトコーナーにもドンキの大人おもちゃ売り場にもキャバクラにもホストにも用事のない、つまらん人生を歩んできた。

しかしながら紆余曲折を経て、無事つよいおんなに成長してきた自負があるから、怯まない。
この場所に『はじめて』を捧げる覚悟を決め、聖域に一歩を踏み出す。心に飼った山口百恵が朗々と歌い上げている、アナタニオンナノコノイチバンタイセツナモノヲアゲルワ。階段をあがり、劇場に入る。


中で待っていたのは古い蛍光灯の光、コインロッカー、でかでかと文字の表記された自動券売機、スタッフがいたりいなかったりのカウンター、目に光はないけど動きに落ち着きもない客たち。なんだか田舎の市民プールを思い出す侘び寂びの香りがする。

券売機で、入場料4500円を支払う。そのうち500円は劇場内でのドリンクや写真撮影に使用できるということなので、鑑賞料金は実質4000円だ。夜の蝶たちとお近づきになれる楽園の通行手形としては破格じゃない?



開演ぎりぎりに滑り込んだ会場は、前方ステージと円形のセンターステージ、間を花道が繋ぐ構成だった。100人弱は入りそうなキャパシティだけど、埋まっているのは30席程度だろうか。

40~50代の男性が多い印象、でも意外と若い女性客も多い(後でわかったことだが、この日出演していた女優さんのなかに、圧倒的に女性ファンがついている方がいたのだった)。仕事仲間なのか、オフィスカジュアルの男女3人組なんかもいる。客自身がなにかコスチュームを着ていたり、ぬいぐるみを携えていたりと、常連らしいひとたちには異様な雰囲気が漂ってはいるが、別に絡んでくる訳でもないし、会場にゆとりがあって距離がとれるから問題ない。ていうか、そもそも誰も周りなんか見ちゃいない。

立ち見客もいるがあれは自主的な位置取りだろう、構うものかと貪欲にセンターステージ寄りの前列席に陣取る。ここまで来て手ぶらでは帰れない、ええもん見してもらわんと。



まもなくトップバッターの出番が始まる。安っぽい打ち込みのリズムBGMとともに「可憐なダンスであなたを魅了、○○ちゃんのステージをお楽しみください!」的な舌っ足らずのイントロアナウンスが流れる。


音楽がかかり、天使に扮した女の子が、舞台の上を駆けてきた。顔が小さくてほっそり、薄い唇の赤さが白磁器の肌に際立つ、まさに天使みたいな美少女。てか普通にマジで可愛い。

天使ちゃんは曲に合わせてひらひらと1曲踊ってみせたかと思えば、そのまま舞台袖に消えてゆく。あ、ここは脱がへんのか。女性の裸体なんて毎日見ているくせに、彼女が脱ぐことをどこか期待している、新たな自分と遭遇する。


舞台が暗転し、音楽がさっきよりBPMアゲめの曲調に変わって、天使ちゃん今度は堕天使のような衣装を纏っての再登場。こころなしか先程よりも露出は大きく、布の透け感が増している。

天使ちゃんは相変わらず体重を感じない軽やかな踊りをたっぷり披露しながら、センターステージへ歩みを進めていく。ひらひら、ふわふわ。背中についた大きな翼が揺れる。音楽が盛り上がっていく。


そして、宙を舞っていた細い指がゆっくりと降りてきて、衣装の胸元にかけられた。


集まる視線の中、空気を切り裂く一閃。衣装がはだけ、局部があらわになる。待ちに待った御開帳だ。
あれよあれよと纏っていた黒い布が脱ぎ捨てられ、しなやかな白い体躯が観客の目にさらされた。


待ってましたとばかりにセンターステージがゆっくりと回転をはじめた。音楽に合わせ、天使ちゃんは片脚を高く上げる。

女のいちばんやわらかい場所をスポットライトの下に惜しみなく見せつける、美しいポージング。


拍手が沸き起こる。歓声は禁止されているが、なぜか観客たちの雄叫びが聞こえるような気さえする。わたしも自然と手を叩く。なるほどこれは、これはすごい。


こんなのどうだい、こいつはどうだい、とあらゆる角度でお披露目される局部。大事なところをすべて晒してなお背中に生えたままの翼が、それを見え隠れさせているのがまた憎い。「魅せる」ってのは、自分が「見せる」ことじゃなくて、相手に「見させる」ことなのかも、なんて思う。コミュニケーションで大事なのはいつだって、自分じゃない誰かの脳に電気信号を飛ばして、アクションを引き出すことだ。


秘められるべきところをたっぷりと観客の目に焼き付けて、パフォーマンスが終わる。


再び暗転、天使ちゃんははけていき、しばらくしてポップなBGMと共にTシャツ1枚で舞台に戻ってきた。安心してください、履いてませんよ。といわんばかりに裾をつまみ上げてみせる。

「ここからはオープンショーをお楽しみください!」

手拍子のなか、天使ちゃんは舞台上を闊歩する。観客が立ち上がり、おひねりを差し出す。受け取ったらお尻をきゅきゅっと振ってみせるサービスも忘れない。さっきよりもずっと近くに感じる。手を伸ばせば触れられそうなほどに。秘め事を共有したわたしたちは、もうただのパフォーマーと客の関係じゃないような気がした。もちろん、錯覚なのだけど。



以降、ストリッパーたちが1人ずつ登場し、パフォーマンスが続く。構成は同じだけど色はそれそれだ。


ショートヘアの女性が漫画『AKIRA』の如く赤いライダース姿で現れ、バチバチに踊ったかと思えば、ためらいなくスーツを脱ぎ捨てる。天井に吊るしたロープを使い、空中でポーズを決める。アクロバティックな姿勢のまま黒の紐パンを巧みに指でずらし、易々とチェックポイントを通過するAKIRA。オープンショーでは、可愛らしいポチ袋に包まれたおひねりがたくさんの女性客の手から差し出された。


お次は聖母マリア様。前のふたりより身長があって、ハイヒールのパンプスが長い足を際立たせる。祈りとともに、月光に捧げられる裸体。不敵な笑みに目を奪われた。こんなに罪深さてんこ盛りな場所に来ているのに、なぜか神聖な気持ちになる。アーメン。


3番手まででひと区切りあるらしく、天使ちゃん、AKIRA、マリア様が揃ってまた舞台に現れ、観客にアピールしていく。


写真撮影タイムが始まる。劇場のデジタルカメラでのみ、撮ることが許される。ミーハーなわたしはAKIRAとツーショットを撮ってもらった。写真の引換は当日にもできたらしいのだけど、後日だと思って引換券だけ持ち帰ってしまった。撮影してくれたスタッフのおじさんの対応がずさんで、多分うまく写れなかったから、もう一生取りに行かないんじゃないかと思う。他の客の撮影を待っている間、エントランスでぼーっとして時間を潰す。



一呼吸おいて、次のプログラムが始まった。

第2部の1人目は、今週のうちに周年を迎えるらしく、清らかな花嫁姿で舞い踊る。2曲目には白無垢と肌襦袢のあいだみたいな衣装で現れ、大きなおっぱいをぷるんぷるん揺らしながらお上品にポージング。
かと思いきやオープンショーでは誰よりもアグレッシブで、おひねりなんかあろうがなかろうが、目が合った客には笑顔を返し、なんなら指でもって陰部をおっぴろげるサービス精神をみせる。客から受けとったパーティグッズも、しっかり恍惚の表情で下半身に擦り付けてから返す徹底ぶりだ。さっきの天使やAKIRAとは明らかに売り方が違う。


花嫁のあとに大トリを飾ったのはハーフツインのかぐや姫で、ひとしきり舞ってみせたあと、しゅるしゅると衣擦れを響かせながら装束を脱いでいく。こちらは小柄でスレンダー、さながらあどけない少女のようで、しかし大胆なポージングをとってみせるのでなぜだかこちらに背徳感を覚えさせる。実年齢など知ったことではない。
メインステージが終わったあとは、はっぱ隊のTシャツ(絶対世代じゃない。わたしもだけど)を着てYATTA!YATTA!とやりながら賞賛とおひねりを受け取っていく。


最後は前半と同じく、花嫁とかぐや姫が揃って出てきての大団円である。また写真撮影タイムが始まったが、先程チケット付属の撮影券を使ってしまったわたしは手持ち無沙汰になり、帰るひとたちの流れに和して外に出た。


***


いい大人になったのに、いまだに成人向けコンテンツが苦手だ。感情の交通のない愛のまねごとや、欲求を満たすためだけの性のやりとりを直視できない。

けれど確かにストリッパーたちはかっこよかった。以前、ストリップの写真集をみたときにも感じたことだが、彼女たちには消費されることを甘受するような姿勢がみられない。むしろ、かわいいあたしがあんたら満足させておまんま食ってやっかんな、なめんなよ、くらいの気概がある。かわいいね、きれいだよと言われることに命かけて生きてる人間は、やっぱり面構えが違う。美しさには必ず理由があって、それは生まれながらに与えられている場合もあるけど、大抵は努力で獲得しなくちゃいけないのだ。


そして、やっぱりはじめての世界は、はじめてってだけでおもしろい。こんな世界で生きてる誰かがいて、こんな文化を守ってきた誰かがいて、こんな価値を知らないわたしがいる。わたしの知らないわたしに会えるのが嬉しい。

いろんな本を読んだり、いろんな人と話したり、いろんな場所に出かけたりすることは、自分の中に様々なかたちの「鍵」をもつことだ。鍵が増えれば増えるほど、自分や他のひとの心にアクセスして共感できる確率が上がる。


今回は何の美容やってるんだろうとか生理のときどうするんだろうとか、女性としての気になるポイントがたくさんあって、純粋なお客さんになりきれなかった悔いはちょっと残るけど、それもまたいい勉強になった。


***


帰りに、最初の立ち飲み屋さんで教わったとあるバーに立ち寄ったら、偶然ステージ出演していた天使ちゃんとAKIRAに遭遇した。わたしの生まれてはじめてを奪ったストリップ女優たちは、普通に私服を着て、普通の仕事終わりの顔をして、普通にお酒を飲んでいた。


天使ちゃんがカバンをごそごそやったかと思うと、カウンターの上に小さなくまのぬいぐるみを座らせた。ぬいぐるみは胴の部分にいくつも紐があしらわれていて、それなんですか、と思わず訊ねる。天使ちゃんは、亀甲縛りですよー、と歌うように答えた。


え、と戸惑うわたしに天使ちゃんは、真っ赤な唇の端をきゅっと持ち上げて、大切な『それ』を見せてくれる。

「ね、かわいいでしょ?」

ああ、ほんとだね。エッチでかわいくて最高だ。

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