見出し画像

弱虫たちのシャボン玉



私にとって彼は大切な存在だった。だった、と言ったが、今でも変わらずそうだ。それは他と比較するための「友達」「恋人」「仲間」みたいなラベルをつける必要性のない、けれど、たしかな信頼関係だ。


似ていたのだと思う。他人に期待しないくせに甘えんぼうなところも、欲がないようで欲張りなところも、平和主義だけど負けず嫌いなところも、夜景の見えるフレンチよりひなびた定食屋を好むところも。

友人が主催した食事会で初めて出会った日も、このひとは私に似ている、と思った。同世代の男女が和気藹々と盛り上がるなかで、一緒に騒ぎながらも周りの料理やドリンクに目を配っていたら、横の席で同じような動きをしている男性がいた。その時は彼と特別たくさん話すことはなくて、楽しかったねみんなでまたどこか行こうねと言って、何度か同じメンバーで遊んだ。回を重ねるうちに、一人、また一人と人数が減って、あるいはグループが分化していって、最後に残ったのが私と彼だった。

いつしか毎日のように連絡をとりあい、毎週のように会って、毎月のように一緒にどこかへ出かけるようになった。話したいことがあれば話をして、特にないときはお互いに黙って、そんな、なんの気も遣わなくて済む時間を、きっとふたりとも必要としていた。私にとって彼は何者でもなく、彼にとっても私は何者でもなくて、互いに責任をもたない。そのあやうさが私たちのあいだに流れる空気をやわらかく、ここちよいものにしていた。




その出来事は、雨粒をのがれて軒下に飛び込むツバメみたいに、ささやかに、しかし突然やってきた。

ある夏の日の夕方、渡したいものがあって彼にメッセージを送ったら、たまたま私の家の近くに母親と来ているのだと返信があった。

驚いた。当時私が住んでいたのはありふれたニュータウンで、とても都会の一等地で生まれ育った彼が休日を過ごすような町ではない。ふたりで会う日は大抵、私の方が彼の家のある市街地まで出ていて、彼がこちらに来ることはこれまで一度もなかった。


彼の家が母子家庭であることは聞き及んでいて、実家を離れた今も頻繁に帰省しているのを知っていたし、ことばの節々にみえる母への愛情も彼の美徳とするところだと認めていた。水差したくないしまた今度にするね、と引き下がる。すると向こうから、親いるけど帰りに寄るくらいなら問題ないよ、と返事が来た。


文字を入力する指が動きを止める。かたちのない3秒間の逡巡。なにか、
いや、気のせいか。
かすかな違和感を無視して、私は画面に家の住所を打ち込み、送信ボタンを押した。



彼を待っている間、自分がほとんど部屋着姿であることに気づく。無地のTシャツにスウェットパンツ、近所の買い物くらいなら平気で出かけられる格好だけれど。
着替えるかどうかを迷っているうちに、家の前着いたよ、とメッセージが来た。仕方ない、夕暮れ時だし、構わないだろう。そのまま家を出る。


マンションの玄関先に、見慣れない白のセダン車が停まっていた。駆け寄る私に気づいて、運転席から出てくる彼。西日が眩しかったのか、サングラスをかけている。身体になにかくっついているのは苦手なのだといって、いつも時計やアクセサリーは着けていないし、鞄さえ持たないことが多いのに。

助手席には、予告どおり母親らしき女性が座っていた。

私は彼に言った。
「わざわざ来てもらってごめんね、こんな所まで」

それから、運転席側から開いた窓を覗き込み、お世話になってます、とお母さんに頭を下げる。

ぎこちないのが自分でもわかる。社会人を何年やっても、お辞儀がうまくできない。就活をしていた頃、申し訳程度に接遇の研修を受けたのを思い出す。丸々とした身体を光沢のあるピンクのスーツに包み、ブランド物のスカーフを首に巻いたチークの濃い女性講師が「会釈、敬礼、最敬礼」と甲高く繰り返す姿が、まるで豚の貯金箱のようで、話がまるで頭に入ってこなかった。あのとき、もう少し真面目に学んでおけばよかったのにと、数年経った今でも思う。


お母さんは座ったままなのに、私みたいに下手くそじゃない、きれいな礼を返してくれる。

「はじめまして、こちらこそいつもお世話になってます」

彼と同じように、深いのに明るい声で話すひとだった。派手ではないけれど意匠のある服、落ち着きのあるメイク、伸ばした髪の先は自然なカールで肩に落ちている。聞いていた年齢よりもずっと若く見えた。


「すみません、すぐ終わりますから」とことわって、気にしないで、とか、ごゆっくり、とか、なにかそのような返事をもらったのだと思う。会話を交わしたのは、挨拶を除けばそのやりとりだけだった。

私は彼の方に向き直る。彼はサングラスをぐい、と頭まで持ち上げてみせる。そんなはずはないのに、出会って初めて目が合ったような気がした。

「これこないだの旅行のやつ、足のはやいものは選ばない方がいいかとも思ったんだけど、どうせ近いうちに会えるかなって、いちばん美味しそうなやつ選んじゃった。よかったら、お母さんと食べて」

待つひとの視線を気にしながら押し付けた紙袋を、彼はありがとう、と受け取る。いつも通りなようでいて、なにかがいつもと違う笑顔。その左頬を、ハザードランプがちかちかと照らす。会う約束を交わした時に無視した微かな不協和音が、耳の奥で少しずつ響きを大きくしていた。


早く。早くここから離れなければ。周りの音が聞こえるうちに。



「じゃ、それだけ。このへん蚊が多いんだよ、刺されちゃうよ。ほらもう乗って。ありがとう、またね」

彼を急かして半ば強引に車に乗せる。乱暴に手を振り、助手席にもう一度会釈をして、走り去る車を見送ってから家に戻った。




たったそれだけ、時間にすれば3分もない小さな出来事だった。けれどその日から、どちらともなく次第に彼との連絡が途切れ途切れになり、季節が秋になる頃には、以前のように会って話をすることはほとんどなくなった。もとより何のドラマもない関係性だ、あっけない幕引きがお似合いだったのかもしれない。


あの時、きっと私たちは会うべきではなかったのだ。名前のない違和感は、踏み越えるべきではないラインに触れたことへの警告だった。
私が知っている彼は、あくまでも私といるときの彼であって、母親といるときの彼とは違っていた。そして彼自身も、彼といるときの私ではなく、私の生活する場所にいる私を初めて見たことで、少なからずなにかを感じたのだろうと思う。

母親の傍らにいる彼に対して、それをジャッジする感情が生じたわけではない。気の抜けた私の姿だって、たくさんの時間を共にした彼にとって目新しいものではなかったはずだ。

失望とも、落胆とも、嫉妬とも違う。ただ互いに、自分が思っているよりも幼く、繊細で、相手のほんのわずかな多面性をもうまく受け入れることができなかっただけだ。



傷つけるのが苦手で、傷つけられるのはもっと苦手で、互いの心のすべてに触れないことを条件に、ふたり寄り添うことを選んだ。きっとそれは、彼と私の間に限ったことではなくて、どこでだって弱虫がふたり並べば生まれる選択肢だ。


その関係はまるでシャボン玉みたいに、うっとりするほど綺麗な色で、軽やかでやさしいかたちをしていて、けれどなにかに触れた途端ぱちん、とあっけなく弾けて消える。



あの日もしも会う選択をしていなければ、今ごろ私たちは一体、どうなっていたのだろう。

そんな意味のないたらればの想像を何度も繰り返して、ある時ふと、気がついた。



ああ、そうだ。
膨らんで大きくなったシャボン玉は、放っておいたっていつかひとりでに消えてしまうのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?