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くやしいくらい春だった
片側が崩れ落ちた道路に積まれた土嚢に、カラスノエンドウが青々と生い茂っている。瓦礫の散らばった畑の真ん中で、まるまると太ったキジが声高らかに自分の縄張りを主張している。夕方になると、テント村に姿を変えたグラウンドを横目に、陸上部の中学生たちが空き地で練習を始める。
全壊した家屋の、もう膝下ほどの高さしかない1階部分を覗き込むと、台所の床に転がったタマネギが静かに芽吹いていた。
桜が咲いて花見をして、だれかの門出を惜しんだり祝ったりもして、なんとなく自分に与えられた季節をそれなりにこなしたつもりでいた。けれどたった4時間、電車に揺られてやってきたこの町には、見たことのないほど容赦ない春が訪れていた。
Life goes onだね、と誰かが言った。がんばろうね、と。痛いくらい力強い、ほんとうの言葉だった。生活なんて呆気なくガラクタになるくせに、それでもむりやり続いていくのだ。
きっとすぐに夏がきて、日照りがみんなの邪魔をして、あのタマネギも枯れて腐ってしまう。むき出しになった柱は梅雨に晒されて朽ちて、傾いた家々を支えられなくなるだろう。重機の届かない場所の、調査書類に載らないニーズを拾えるのは人間の手だけだ。
どうしようもないことをどうしようもないと言えなくて、また必ず来るねという無責任な言葉だけを置いてきた。
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