240208 冬の男



夜、凍った山道で車がスタックして身動きが取れなくなった

ハンドルもブレーキもアクセルも効かず、しかも前には雪の壁、後ろには広くて深い用水路が待ち構えているという最悪の状況である

こちらはといえば雪山に不慣れなスノボ帰り疲労困憊の若造たちで、しかもちょっと風呂でも行こかという道中だったため足元はサンダル、上着もないという爆ナメ装備だ

人力で後ろから押そうが布をかませようがタイヤは空回るばかり
ついに我々はレスキューを呼ぶしかないのかと絶望した

そこに現れたのが地元のおじさんである

おじさんはすみやかに状況を把握し、雪に埋もれた用水路までの距離を計算し、まだ余地はあると我々に希望を与えた
そして近隣の家からスコップを借りてきて言った、

「掘れ!」

わたしたちは雪を掘った、スコップで、手持ちのスキー板で、あるいは素手で

必死だった さっきまで使い果たしたと思われた体力はどこからか湧き上がってきていた 人間には非常用バッテリーが存在するのかもしれない 一日の疲労などとうに忘れていた 雪の冷たさも滑る足元も些細なことのように感じた

掘り、雪を掻き出し、幾人かは急斜面にひっくり返り雪に沈んでは立ち上がり、大丈夫か、などと言いあいながら誰も手を止めることなく一心不乱に掘り続けた

行く手を阻んでいた雪がある程度取り除かれたとき、おじさんは運転席に向かって声を上げた

「よし、踏め!」

唸るエンジン音、タイヤが雪を踏み越える音、そして、車はついに脱出を果たした


おじさんは頭を下げるわたしたちににこりともせず、お礼の言葉をスコップを振っていなし「気つけえよ」と去っていった

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