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きげんよう、ほがらかに!


90歳のおばあちゃんに、出会ってものの数十秒で「あんた、朗らかなひとやねえ!」と大笑いされた。


おかげで元気出たわあ、おおきになあ。あんたみたいなんはきっといいお嫁さんになるよ。嫁が朗らかやと家が明るいからねえ。


通りすがりにちょっと手を貸しただけのわたしを、にこにこと手放しで褒めてくれる。

何をおっしゃるこちとら根暗オタクの日陰者、病める日には家でドラえもんを観ながらスパイスカレーを煮込み、すこやかなる日には単身ふらりと旅に出て博物館などでニチャついている、筋金入りのじめじめ人間。だれがどうみたってお母さんのほうがずっと明るくてハッピーですよ。


けれど、お世辞でもそんな言葉をもらったのは初めてで、うれしくてマスクの下でもごもご反芻する。

朗らか、ほがらか。

母音の並びも心地よく、“o”がひとつに“a”がみっつ。あけっぱなしの口のなかで舌がダンスする、ホガラカ、ホガラカ。

ほがら‐か【朗らか】
[形動][文][ナリ]

1 心にこだわりがなく、晴れ晴れとして明るいさま。「―な性格」「―に話す」

2 明るく光るさま。日ざしが明るく、空が晴れわたっているさま。「―な春の日」
「姿、秋の月の―に」〈後拾遺・序〉

3 広く開けて明るいさま。
「木蓮の枝はいくら重なっても、枝と枝の間は―に隙(す)いている」〈漱石・草枕〉
「心―に融(かよ)ひ達(いた)る」〈霊異記・上〉

4 あいまいさがなく、はっきりしているさま。
「打ち忍び嘆きあかせばしののめの―にだに夢を見ぬかな」〈紫式部集〉
[派生] ほがらかさ[名]
デジタル大辞泉/小学館


笑わせる仕事、もてなす仕事、ひとの心を動かす仕事。いろんな職業のひとと出会うたび、一芸に秀でたエンターテイナーはすごい、と眩しく思う。一方で何の分野にもさほど明るくない自分を省みて、ちょっぴりへこんでしまう。


自分が『朗らか』だなんて考えたこともなかった。そういうのはもっとぴかぴかな太陽みたいなひとを指すような気がした。


たとえば、と最初に思い浮かんだのは、大好きな居酒屋のおかみさんの顔だ。おおらかなのにことばは切れ味鋭く、ひとりでお店を切り盛りしながら、いつだって名調子のアラウンドエイティー。


そういえば、この間おかみさんが語っていた。

「私らに残っとる時間は少ないけど、ほんでも目ぇの開いた日には、きげんようしとこと思うわけ」


そうか。

わたし、「きげんようしとく」のは得意やったわ。


生きていると水面のさざなみはもちろんあるけど、自分で自分のご機嫌をとる方法ならたくさん知っている。バランスを崩したひとが隣にいても、ずしりと構えていられるし、支えが必要ならいつでも手を貸せる。


常にまずまずハッピーでいられることを『朗らか』と呼んでもいいなら、おばあちゃんを信じて、『朗らか屋さん』を目指してみようかしら。

心をひらいて、こだわりなく、ただ広く、広くそこに在る。

盛り上げるのは苦手だけど、たなごころを広げて誰かのきずや隙間を覆うことなら、できるかもしれない。



ふと、思い出したことがある。

わたしの下の名前は「よいことが広がるように」と願いを込めて付けられたのだった。


25年前に親の張った伏線を、これからのんびり回収してやろうかな。

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