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白い膜の内側、ここは世界の裏側 ~オードリーANN東京ドーム~

日本で一番おおきな球の底に、”いっぱい”とかの感覚もよくわからなくなるくらいのおびただしい数の人が集まっていて驚く。隣の人も下の方を歩く人も、わたしとどうしてここで交わることになったんだろう。普段街を歩いているとき考えないそんなことを思うのは、ここで会う人はみんな同じ目的を持っているはずだから。”はず”と言ってしまいたくなるのは、その仲間意識みたいなものが肌で感じられなかったから。たま~にしか見に行かない野球をふだんやる場所に感じるアウェイ感もあるかもしれないけれど、わたしたちが”おなじ穴の狢”だとは、そうであるはずなのに思えなかった。

それもそのはず、ここにいる人たちはラジオでつながっているから。普段パーソナリティを介して顔の見えなさ故の近さで隣りあっているから。それもその週のすべての用事が終わったあと、他人とは居ない時間に声をひそめて聴く音をシェアしている。

ラジオリスナーどうしは、まれに行われるこういうイベントで会うことになるのだけれど、少ないファンによるつながりの濃いコミュニティをもつ番組だと”仲間が集まる”意識で会場に赴く。比べてオードリーのオールナイトニッポンは、SNS上で同じ興味を持ってる人どうしでも、ときどき話題に出しているのを見かけて「え、あなたも聴いてたんですか?」と思う。規模が大きすぎるのもあり、仲間の顔が見えにくいラジオだと個人的に思っている。普段から顔を合わせる知り合いにも聴いている人はいるけど、「この前のあのトーク聞いた?」なんて会話したことがない。

ライブが始まり、オードリーの二人が登場する。確かに非日常ならではのワクワクはあるけど、普段テレビで見る人たちなのに思ったより興奮しない。春日にいたっては七三分けでピンクベストを着てテレビのなかの中継先に現れたほうがテンションがあがったかもしれない。日常の風景を目の前に、スマホかイヤホンから流れる声に触れるほうが、東京ドームの端と端で会うよりも近い距離だったのかもしれない。

この大舞台を前に思ったことを話題にしていたり、客とコミュニケーションをとっているからさすがにいつも通りではないけど、土曜の深夜に聴くみたいなテンションのトークがこんな大掛かりな舞台の上で繰り広げられている違和感。ブルーノ・マーズとかテイラー・スウィフトが絶対話さない楽屋の話、前日泊まったホテルからの景色の話をこんなところで聴くのが、はたして贅沢なのかぼったくりなのかわからなくなる。

オードリーの二人がラジオでさらけ出す姿は、いまやいろいろな番組を滑らかに進行する若林のスラスラいかない人生の話やテレビで大きく胸を張る春日のみみっちい主張といった、わざわざ周波数を合わせなければ知ることがないようすである。ここらで気づき始める。わたしとリトルトゥースたち、わたしとオードリーたちは”裏側”でつながっているのかもしれないと。この星の日の当たってる部分を表としてその反対側の一番遠いところにいる時間、世を忍ぶ姿を表としてその反対側にある気持ちをわたしたちは分かちあっている。

それと同じようにわたしたちも普段見せびらかすことなくオードリーのラジオとともに日々を送っている。わたしたちが普段集まっている暗くて隣が見えない夜が、今日この日突然ひっくり返って光の下にさらされたようだ。

有名人なのにUber Eatsをやってみたり、高校生の時食べてた中華料理屋の味を再現しようと試行錯誤をしたりするエピソードのなかの若林と春日は等身大で親しみの持てる人間だ。そして「チェ・ひろしのコーナー」で、大人でしかできないお金のかけかたで繰り広げられる高校生くらい後先を省みない悪ふざけを見ているうちは、彼らと友達みたいに思えてくる。

だけどブースを出て”おともだち”の関係を抜け出したとき、春日と若林はまったく違う一流の才能を見せる。フワちゃんや星野源のような日本を代表するポップ・アイコンと肩を並べて人を楽しませることができる彼らの”表の姿”はやはりただものではなくて、さっきまで共感してたのが嘘みたいに輝かしいスターだった。

ポップスターとお別れして二人がブースに戻ってくる流れはまさにわたしたちのオードリーとの接し方そのもので、安心感があってそろそろ寝なきゃなと錯覚してくる。でもここにとどまるんじゃなく、スーツに着替えてジェルを塗りたくって、スポットを浴びてマイクの前に立つ。わたしたちはその前に向かい合う。それがオードリーとリトルトゥースの関係性だ。

下を向けばぎゅっと集まっているけれど、上を向けばこの空間の半分は真っ白な布だ。その向こうに広がり朝には明るくなるその空の下に、みんなこれから帰っていくのである。春日と若林も週の半分以上はポップ・スターとして別々に働くのだ。本当は出会わなくても注目を浴びる二人だったかもしれない。だけどたまたま高校で同じクラスになって、楽しいことが多かったから今も一緒にいる。わたしたちも、前回が面白くてその続きが気になるから毎週チャンネルをあわせて集まっている。世界中から、ただ居場所が近かっただけの人が集まる。それがオードリーのオールナイトニッポンという空間だ。

リアルな知り合いのSNSにも今日の様子が報告されていて、前の方で見ていた知人にテープをもらえることとなった。それを渡しあうのを最後に、当分この番組の話はしないだろう。それがオードリーのオールナイトニッポンin東京ドームという時間だ。

これからもこっそり、聞いていないふりをして日々の拠りどころにしていこう。オードリーよ、リトルトゥースよ、この後また”裏側”でお会いしましょう、アディオス。

客席と天井のほとんど境目

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