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ピート・シェリー/ルイ・シェリー『ever falllen in love-the lost Buzzcocks tapes』(17)

ジャスト・ラスト
Just Lust
 
「エヴァー・フォーリン・イン・ラヴ(ウィズ・サムワン・ユー・シュドュントゥヴ」のB面
ソングライターズ:アラン・ディアルとピート・シェリー
プロデューサー:マーティン・ラシェント
 
この曲はもう一つの、リチャード・ブーンとの共作・・・・
 
そうだね。「ジャスト・ラスト」の曲作りではリチャード・ブーンはたくさん貢献してくれた。彼が作詞、僕が作曲。歌詞の内容には共感できたね。
 
「君の瞳の中にベッド、でもそこには信じるものは何もないんだ」これってあなたが書いてもおかしくないですね。
 
リチャードはマネージャーとしていつもツアー中いつも顔をつき合わせてて、僕の発言を厳しくチェックしてたな!当時彼はハワードの家に同居していて、僕らの練習にはよく顔を出していたよ。
 
パンクのラヴ・ソングの中でも秀逸なものです。オルタナティヴ・TVの「Love Lies Limp」(訳注:愛を断ち切れない)に並ぶものです。
 
感傷的な内容じゃあないだろう?そこには衝動と妄想、裏切りと搾取、失望と後悔がある。ビートルズが正面から対象にしてこなかったものだよ。パンクは人間関係を自由にとらえることができるようにした。言いかえれば、これまでの垣根をとり払い、ポピュラー・ソングでは扱ってこなかったテーマにとり組めるようにした。「オーガズム・アディクト」のような笑いを含んだ見方ではなく、より陰湿で、恋愛についてより複雑な見方をしようということだった。パンクとは真実に対して開放的で誠実で、正面から対峙する姿勢のことだった。たとえその真実が、目をそむけたくなるものであったにしてもね。
 
リチャードと共作したのは、これと「ホワットエヴァー・ハプンド・トゥ?」だけですか?リチャードは他の人とは誰も?
 
そうだね。二曲だけだね。ニュー・ホルモンズ所属のバンドとは共作してるかもしれない。
 スティーヴとリチャードも共作したことがあるって、スティーヴは言ってるね。「She’s Got a Brother」というタイトルで、情景が目に浮かぶようだよ。出会った少女は他の男に、っていうヤツさ。リチャードは気に入ってたらしいけど、真相はいかにだね。
 
ニュー・ホルモンズのレーベルにはどんな人たちがいましたか?
 
資金繰りが苦しくなり始めた八十年代初め、リチャードはたくさんのカネのかかるプロジェクトを抱え込んでいた。僕がフランシス・クックソンとやったサイド・プロジェクトのティラー・ボーイズはニュー・ホルモンズに在籍していたし、エリック・ランドムもティラー・ボーイズに参加していた。アルバートイ・ロスト・トリオス・パラノイアスAlbertoy Lost Trios Paranoiasはパンク・ソングのパロディを身上にしたコメディ・グループで、リンダーがフロントウーマンだったルーダスLudus、他にもディスロケーション・ダンス Dislocation Danceやザ・ダイアグラム・ブラザーズThe Diagram Brothersのような、大勢のポスト‐パンクの連中がいた。皆優秀だったね。出世したのもいるよ。シンプリィ・レッドや808ステイトを結成して後々チャートを賑わしたりとかね。他では例えばCPリーは、アルバートイ・ロスト・トリオス・パラノイアスを脱けてからサルフォート大学の研究職に就いた。マンチェスターのフリー・トレード・ホールでボブ・ディランがライヴをしたとき客から「裏切者ユダ!」と罵られたことを書いた本を出してるよ。
 リチャードがスミスとの契約を拒否したのは有名だけど、それはリチャードが、スミスにはもっと利ざやの効くレーベルと契約した方が良いと思ったからなんだ。もし契約してたら、まるっきり違った展開になっただろうね!1982年の暮れには経営が破綻してレーベルは仕舞いになってしまった。
 
ニュー・ホルモンズはファクトリー・レコーズとライバル関係にあったんでしょうか?
 
当時は争ってるって意識はなかったけど、思い返してみると、そう言っていいだろうね。うん。
 
相争う仲だったと思いますよ。ファクトリーもニュー・ホルモンズも、発売した作品はレコードばかりじゃなかったですもんね?
 
ニュー・ホルモンズ作品も、いくつかはカセットのみのリリースだったね。それに二回目のリリースは『ザ・シークレット・パブリックThe Secret Public』という名の、リンダーとジョン・サヴェージのコラージュ作品本だったね。
 
バズコックス解散後のリチャードのキャリアはどうなったんですか?
 
八十年代はラフ・トレードで働いてたね。今はストーク・ニューイントン図書館でシニア司書の職に就いていて、輪読会や文芸作品展覧会なんていうのも主催してるんだ。音楽関係には関わってないと思うけど、あちこちのライヴで見かけるね。
 
大英図書館で2016年に開かれたトーク・ショウでリチャード・ブーンと何を話したんです?
 
僕とスティーヴ、リチャードでバンド初期のことを話した。聴講者を前に舞台の上でイスに座ってね。何だかパーキンソン病に罹ったみたいだったよ!楽しかったけど、歌ってる方がいいや。
 こういうトーク・ショウに参加したことなんて殆んどないんだよ。一度ブライトンでライヴの前に講演をしたことはある。周囲はいろいろ気を配ってくれるんだけど、居心地は良くないね。それよりはバンドと一緒にギターを持ってステージに上がる方が性に合ってるよ。