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登場人物の多くが「幸いなる魂」の持ち主という読後感の良い小説~川本 直 × 豊崎 由美、佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』KADOKAWA)を読む

2022年5月の月刊ALLREVIEWSフィクション部門は、川本直さんを迎えて佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』(KADOKAWA)を取り上げます。
川本直さんは処女作『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(河出書房新社)で読売文学賞、豊崎由美さん主催の鮭児文学賞、そしてALL REVIEWSも協力するみんなのつぶやき文学賞国内部門第1位を獲得しています。
お二人とも佐藤亜紀大好きという共通点が。そして、後半、リアル佐藤亜紀さんが登場する贅沢な回となりました。
※対談はアーカイブ視聴が可能です。



ベギン会に入りたい!

課題作『喜べ、幸いなる魂よ』のあらすじは川本さんの書評で紹介されています。

舞台は18世紀の今のベルギーのフランドル地方。女性だけの団体ベギン会に入った女主人公ヤネケと彼女を慕うヤンを軸に物語は展開します。物語の冒頭は産業が勃興しつつある18世紀中盤のフランドル地方。比較的平和な時代から、終盤、フランス革命の影響を受ける激動の時代へ。
途中、フランスの女性天文学者ニコル=レーヌ・ルポートの日蝕予想図も出てきて、時代の動きも反映しています。

フランス国立図書館(BnF)が所蔵するルポートの1764年の日蝕予想図。左上の円に書かれたルポートの肩書は「マダム」で女性であることがわかる。

豊崎さんはこの小説を「気持ちの良い小説」と評します。主人公ヤネケは親切で相談されたことには応じる「幸いなる魂」の持ち主。ヤンやヤネケの家族も「幸いなる魂」を持っている。
そして、何より、豊崎さんのあこがれが「ベギン会」。女性が男性に頼らず自活することを可能にする団体。年老いても面倒をみてくれるしくみで、後半登場した佐藤亜紀さんが調べたところ、18世紀に90歳超えて生きた人がベギン会にはたくさんいるそうです。
豊崎さんは「ベギン会に入りたい!」。女性が自立し、緩いつながりで生きていくベギン会、現在の社会にも参考になりそう。
ちなみにベギン会の施設は世界遺産に登録されています。

18世紀のアントワープのベギン会の女性の絵(BnF所蔵)

18世紀の小説のお約束を踏まえた小説

川本さんは、この小説は18世紀を舞台にしているだけではなく、ヴォルテールなどの18世紀の小説の「速さ」も取り入れていると指摘。ヤヌケの内面にほとんど踏み込まず、事実を列挙していくことで、速さが出ているとのこと。
この小説を読んだ後、ヴォルテールの『カンディード』などを読んでみると読書の幅が広がりそうです。

海外を舞台にした小説が多い佐藤亜紀さん。日本人がなぜ海外を舞台にした小説を書くのかという疑問を出す人もある中、豊崎さんと川本さんは、良い小説をきちんと評価したいといいます。

後半登場した佐藤亜紀さん(中央)


「カルメル会修道女の対話」からインスパイア

後半登場した佐藤亜紀さん。若いころ、プーランクのオペラ「カルメル会修道女の対話」を見て、強い印象を受けたことが、この小説を書く一つのきっかけといいます。フランス革命下の修道院を書いたこのオペラ、ともかく怖い。本書にも出てくる聖歌『サルヴェ・レジーナ』を歌いながら、修道女が一人ずつギロチンで処刑されていくという、とんでもない残酷な話。

佐藤さんの知識と教養がいかんなく発揮された本書、読んだ後、アーカイブ配信を見るもよし、この対談(後半は鼎談)を見てから読むもよし(ほとんどネタバレしていません)。月刊ALL REVIEWSの中でも「神回」といわれる本回、ぜひ今からでもお楽しみを。

【記事を書いた人】くるくる

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さらに、Twitter文学賞の志を継承した「みんなのつぶやき文学賞」では、友の会会員有志が運営にボランティアとして協力。若手書評家と一緒に賞を作り上げていく過程を楽しみました。
2021年2月には、鹿島茂さんとの対談6本をまとめた『この1冊、ここまで読むか!超深掘り読書のススメ』が祥伝社より刊行されています。
そして2022年3月に開店した共同型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」では、棚主になる会員や、運営を手伝う会員も。
もちろん、オンラインイベントを楽しむだけでもお得感があります。
本が読まれない時代を嘆くだけではダメだと思う方、ぜひご参加ください。
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