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良いカメラ

ボーナスが出たので良いカメラを買った。
買って来て親父に見せびらかすと「良いカメラを使わないと、良い写真が撮れないというのは嘘だ。でも、良いカメラを買ったからといって写真が下手になるわけでもない」と謎かけのような、当たり前の事を言われた。
買ったカメラはレンズ交換をすることができる。ファインダーを覗くことに夢中になった。

ファインダーを覗くのは結構難しい。左目と右目の見ている世界は目の前に同じように広がっているけど明らかに空気が違う。教習所の車の助手席に座る教官が見ている世界と、教習生が前を見たいがあまりに椅子を一番前にスライドしてハンドルとくっつきながら見ている世界と同じくらい違う。
その違いを楽しみながらグッと左目に集中してバチリと世界を切り取るのである。
シャッターの切れた瞬間の右目は左目に優先する。右目の自由自在な動きは左目の規定された枠におさまった世界とは少し違うものを見つける。それを左目は後追いし、右目の見たものよりもより物語る視点を見つけるのである。

良いカメラを首からぶら下げて街に出た。目の前を通り過ぎる人をバシバシ撮る。あからさまに嫌な顔をする人、文句を言ってくる人。開き直ったカメラ愛好家のようにたちの悪いものはなかなかいない。「なんで撮っちゃダメなの?」「ほらあそこに監視カメラあるでしょ、あれには何で文句言わないの?」
ついには群衆に取り囲まれて張り倒され、レンズもへこんでしまった。

へこんだレンズを持って家に帰ると親父が「良いカメラだからって何事にも優先すると思うなよ。その点このスマホを見ろ。超高画質でスローモーション撮影もできるんだ」とやっぱりなんだかよく分からない事を言っていた。
付き合うのもバカバカしいので布団に入ってレンズを確かめた。やっぱりへこんでいた。
ちょっと泣いてから、寝た。


(写真は良いカメラで撮ったものでもないし、本文とも特に関係ない)

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