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人は神になれるのか?

「遺伝子をデザインする」
「いいか先生これだけはいっとく…どんな科学の力でもな人間が…のりこえちゃいけねぇことだってあるんだ!」
手塚治虫 火の鳥より

「クリスパー・キャス9」
DNAのメスと呼ばれるこの技術が、人類の歴史を変えようとしている。
なぜならこの技術が、人が遺伝子を作り変えることを可能にしたからだ。

このクリスパーという名前はもともと生物学の用語で「ウイルスや細菌の遺伝子情報を記憶したゲノム」、キャス9(Cas9)というのは、そのクリスパーを利用してウイルスや細菌を壊す核酸分解酵素の名前で、つまり、生物が持つDNAのハサミである。
この機能によって、様々な生物が免疫を獲得することができた。
これを、人間が遺伝子を切りたいところで切れるように応用したのが、クリスパー・キャス9だ。

これは、いままで人間が行なってきた遺伝子組み換えや遺伝子工学とは、次元が違うといっていいだろう。
操作精度が約1万倍向上したからである。
もう人間は、運に頼る事なく自分たちのDNAにメスを入れることが出来るようになったのだ。
これにより、深刻な病を根本的に治療することや、食物のDNAを編集して、安く、健康で美味しい食事を摂ることもできるようになるだろう。
これまで、進化によって行われてきた生物の変化が、人類によって行われるようになれば、それは「ヒトは神になれるのか?」という試みだ。

しかし、この技術が脅威的なのは、これが倫理的、社会的に及ぼす影響の大きさである。
例えば「空を飛ぶことができるヒト」を作るというのは突飛な話だと思うかもしれないが、「目が良いヒト」ならどうだろう?
人の遺伝子に手を加えること自体が倫理的に規制されるべきなのだとすれば、「障害を持たない健康なヒト」を作ることもまた悪なのだろうか?

またこの数年で、「病気を治すこと」だった医療の目的は、「健康のアップグレード」に変わりつつある。
健康に年老いるためにあった医薬品は、アンチエイジングのために応用され始めた。
このクリスパーが可能にするいわばDNAの手術は、「健康のアップグレード」の最たる例ではないだろうか。
そして、このような技術は社会的な格差を生み出すだろう。
健康のアップグレードとは、人より優位な健康を獲得する事だからだ。

人間にとってまだ遺伝子というものが謎だらけである事も大きな懸念の一つだ。
研究が進めば進むほど遺伝子の重要性が明らかになってきていて、今では私たちの性格特性でさえも、環境要因より遺伝的要因に左右されているという意見もある。
ヒトが神のふりをしてパンドラの箱に手を入れた結果何が起こるかは、誰もわからないのだ。

参考「ゲノム編集から始まる新世界」小林 雅一