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余韻

月曜日の5限目は現代文で、(内容によるけど)ご飯の後によく分からない話を聞かされると眠くなるので苦手だった。ましゅはなんだかんだ言っても話はちゃんと理解出来ているから、多分、「分かるから寝てた」んだと思う。

今日は石川啄木の短歌を読む勉強だった。
イマイチ短歌を勉強する意味が分からないし、
作者と生きた時代が違って共感出来ないことも多いから、短歌ってなんか苦手なんだよな。

前の席のやつが指名されて短歌を読んだ。

たはむれに  母を背負ひて  そのあまり
軽きに泣きて  三歩歩まず


続いて先生が補足する。
「石川啄木は両親の扶助を行わなければならず、生活が困窮したという説もあります。ふざけて母をおぶったのに、あまりにも軽かったという心の動きが表現されています」

これはそんな短歌だったのか、辛かっただろうな。
もし自分のお袋が信じられないくらい軽くなってたら、なんて考えただけで冷や汗をかいてしまった。

次は俺が音読をする番になり、イスをガタガタしまって教科書を立てる。

はたらけど  はたらけど猶(なほ) わがくらし
楽にならざり  ぢつと手を見る


ちょうどチャイムが鳴ったので補足はまた来週になったが、先生の補足を聞くまでもなく分かる。
啄木、お前は何も悪くないぞ。

チャイムの音で起きたましゅが俺の顔を見るなり
「どうしたの、涙目だよ」
と心配してくれたが、上手く言葉が出て来なくて
「啄木…」
とだけ言って意味深な感じになってしまった。

それから休み時間も帰り道も時々手を見てしまったし、帰ってからお袋に「おぶらせてくれ」と頼んだらめちゃくちゃ嫌がられてしまった。

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