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コーポエリーゼ 205号室

作  継接 虚


コーポエリーゼ205号室は半年ほど前に私が住んでいた物件だ。
会社から突然の出張を言い渡され、急いで駅近くの格安物件を探していた所、偶然見つけ住居だった。
不動産屋曰く「事故物件という訳ではないが、以前の住人は家賃の引き落としはできているが全く連絡がつかず、部屋を確認したところ鍵は掛かっていたが、家具や生活感が一切なく玄関に鍵も置いてあったため強制的に引き払った部屋」とのこと。

少し不気味さを感じたが何せ唐突な出張であり、いつまでの滞在になるかも分からなかったため大急ぎで住居を用意しなければいけなかった私は、安くて住める部屋ならなりふり構ってられなかったのでその部屋を契約することにした。

最初の1週間こそなにかあるのでは、心霊現象でも起きるのではとビクビクしていたが他の部屋の住人も優しく特にこれといったことも起きなかったため普通に暮らしていた。
その後月日が流れたある日、出張先の仕事が落ち着き元の場所に戻ることになり、引き継ぎや現場への挨拶等でドタバタし、その日帰宅した時には時計はてっぺんを回っていた。

疲労感からその日は何もする気が起きず、布団に倒れ込むように寝ようとしていた。朦朧とする意識の中、突然ガチャリと部屋の鍵が回り、ギィと扉が開く音で目が覚めた。
当然出張の身のため、部屋の合鍵を渡した記憶などないしこんな時間に大家や不動産屋が来るわけもないので私は身構えた。
部屋の電気をつけるには布団から少し距離があるのでつけられない。

暗闇の中、目を凝らすと部屋にはガタイのいい男がいた。
その男は肩に何かを担いでいた。

「誰だ」突然の事態に少し裏返りながらも声を出した。
男はドスの効いた声で「お前こそなんだ。ここは俺が契約してる部屋だぞ。」と言ってきた。
「い、今契約してるのはお、俺だ!」負けじとこちらも応答する。
すると男は軽く舌打ちをし、ボソッと「そうか勝手に……」といいこちらに近寄ってきた男は、真っ黒な服装に真っ黒なマスクをしていた。
そして「今見た事は忘れろ。この時間にお前は誰にも会ってないし、誰も部屋には来ていなかった。いいな?」と言ってきた。
ちらっとその時見えたのだが、男が肩に担いでいたのは女の人だった。
俺は聞く「つ、通報するなって事か……?」
男は「あぁ、そうだ。自分の身が惜しければな。」と告げる。
要は脅しだった。
自分の中に少しの正義感も湧いてきたが、あと数日でここから居なくなる身であったため余計な事で騒ぎを起こしたくなかったので軽く頷くことにした。
「ならいい。」そういうと男は足音も立てずに部屋から出て行った。

その後、何日かして仕事も終わり戻る日までその男を見ることはなかった。
今になって思えば、あの部屋は何か表立って出来ないことを隠すための部屋だったのだろう。とんでもない部屋に住んでしまったものだ。

あれからコーポエリーゼ205号室には一切戻ってないし、新聞やニュースにもそのアパートの名前が出てくる事もなかった。
あの時の女性はどうしたのだろか。
いや、今更考えるのは辞めておこう。
触れないと決めたことだ。
可愛い自分が平穏に生きるために……

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