やつとこ

小説書いてるホスト

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最近の記事

The Catcher in the Electron ⑧

    十一月二十六日、薬を切らしたことに気づきメンタルクリニックに電話をかけた。最後の枠の十七時半に予約が取れた。いざ出ようとすると保険証の入った財布がすぐ見つからず、見つけてから駅まで走り、池袋で降りてからも走ったが間に合わなかった。明日また行くことにして久しぶりにカラオケに行った。しかし薬がない彼女は元気がなく、殆ど歌わずに三時間が過ぎた。  家に帰ると昨日の残りのピザがあり、それを温めた。彼女は一口だけ齧り放置した。日付が変わろうとしていて、シフトを提出しないと

    • The Catcher in the Electron ⑦

       次の日、俺は昼過ぎまで眠ってしまった。琴音は先に起きていた。深刻な顔つきでLINEをしていた。 「客が店の外で会おうって言ってきて、それ用のコースがあるから予約してって言ったら怒ってきた」  俺が目覚めて早々彼女が話しだした。 「じゃあ裏引きしたことお店に言うって脅してきて、そしたらお前もアウトだよって言ったら更にキレた。まともに会話できないんだけど」  琴音は見たことのない攻撃的な目をしていた。 「もうめんどくさ。明日出勤したとき店長に言お」  そう言ってシャ

      • The Catcher in the Electron ⑥

         あまねさんが卓の前に立ち名刺を渡す。自分も続くしかない。向かいに座る。琴音はこちらを見ず名刺も受け取らなかった。それから冷めた目であまねさんの方を見ていた。  今思えば、内勤さんに事情を話して他のキャストと代わってもらうこともできた。そうするべきだったかは今もわからない。  琴音と一緒に来た女の子はよくしゃべる子で、卓は静かにはならなかった。俺はその子の話に大げさに相槌を打ち、なんとか時間を過ごした。当然か、送りは俺ではなかった。  ゆい達の席に戻っても、気が気ではな

        • The Catcher in the Electron ⑤

           大学二年の秋、後期の授業が始まった。そこで峰岸と出会った。一年次配当のフランス語の授業に彼はいた。   教科書に書かれた挨拶のようなやり取りを、隣の人とするように先生から指示が出た。教室の一番後ろ、左端に座った俺と峰岸は、まるでまともに授業に参加していなかった。 「ボンジュー、クモヴゼプリヴー(こんにちは、名前は何ですか)」  わざとらしいカタカナ発音で峰岸は話しかけてきた。長めの金髪が印象的だった。   堀北拓海、そう答えると、向こうも名乗った。「ほかに何の

          The Catcher in the Electron ④

           まだ普通の大学生をしてた頃、一人の少女と出会った。   有島琴音。  なんとなく寂しい夜、ティンダーでマッチした。アプリ上に表示されている名前は“非国民的花子”で、聞いてみると俺の好きなアーティストの曲からとっていた。それからプロフィールに俺の好きな漫画のワンシーンが貼られていて、すぐ意気投合し、LINEを交換し通話した。 〈も、もしもし〉  琴音の第一声はか弱く、人見知りの様だった。どこか怖れのようなものも感じた。  軽い身の上話をしても、琴音は相槌を打つ程度

          The Catcher in the Electron ④

          The Catcher in the Electron ③

           彼女との二日目、同じように会話はなく、同じようなセックスをした。三日目と四日目は彼女は出勤し、帰りは朝だった。その間の三日間、彼女のツイッターは一切更新されていなかった。五日目、彼女は早朝に帰ってきて、夕方頃に起きた。起きてすぐシャワーを浴び、ドライヤーとスキンケアを終えると、ベッドに寝ころび、スマホをいじり始めた。俺はいつも通り仕事を続けた。食事はウーバーイーツで別々に済まし、時刻は二十一時になった。   突然、彼女が大きなため息をついた。ベッドのほうを見ると彼女はス

          The Catcher in the Electron ③

          The Catcher in the Electron ②

             一通のDMが来た。 〈夜職の人向けの不動産って扱ってますか?〉 〈はい。ご希望の場所、間取り、築年数、家賃、初期費用の上限、ペットの有無を教えてください。お急ぎであれば電話でも対応します〉  DMを送ってきた相手は、アイコンをマイメロディーにしていて、フォロワーは1300人ほどいる。ソープで働いているらしく、客の悪口、精神的に荒んだツイートなどをしている。 〈電話でお願いします〉   電話で話を聞くと、彼女は20歳だが結婚している。しかしホストをしている旦那

          The Catcher in the Electron ②

          The Catcher in the Electron ①

            俺と出会おうが出会わまいが、きっと琴音は死んでいて、たまたま最後にそばにいたのが俺ってだけで、自責の念にかられる必要は無いんじゃないかと自分に言い聞かせている。だって死にたがりは死にたがりなんだから。なんなら取り残され記憶に苦しみ続けている俺は被害者なんじゃないか? 首を吊った琴音の姿は言葉でも表したくない。琴音は今まで、散々ロクでもない男にコケにされ体を売って、自ら不幸に飛び込むような人生を送ってきた。むしろ俺が琴音の人生の中でもっともマシな男で、他の男どもの方こそ罰を

          The Catcher in the Electron ①