見出し画像

術後、お酒飲んでいいですか?【手術と飲酒の関係について文献まとめ】

手術は人生における大きなイベントであり、特に初めて手術を受ける方にとっては未知の世界だと思います。

術前後の生活についても気になることが多いのではないでしょうか。

そして手術も無事に終わり、いよいよ退院ともなると「そういえば、そろそろお酒でも・・」といったことも気になりますよね。

私のような酒飲みとしては「しばらく禁酒してください」などと無慈悲なことを言うのも忍びないと思ってしまいますが、実際いつ頃からなら飲んでいいのでしょうか。

消化器疾患を取り扱っている関係でアルコールがリスクファクターとなる病気が多いので、そんな方には控えめに、とか来月の外来採血の結果を見てからにしましょう、とか伝えています。

患者さんの奥様から同様の質問を受けるときは、大体「お酒は?(当然駄目ですよね、本人にも駄目ってキツく言ってくださいね)」的なニュアンスを感じるのでご希望に沿っています。

しかし、退院したらすぐに飲んでも特に問題ないんじゃないかな、と思うことがあるのも事実です。

今回は手術における飲酒の影響について調べてみました。

術後いつからお酒を飲んでいいの?

手術といっても日帰り手術から術後ICU入室が必要な大手術までありますので、一律に○○日間は禁酒と決められるものではありません。

歯科治療や白内障手術など、術後経過に大きな個人差がないケースでは医療機関から具体的な禁酒機関が伝えられるようです。

腹部手術に関しては、術後少なくとも2週間は禁酒した方がいいのでは、安心して飲み始めるためには6か月禁酒すると良さそう、という結論に至りました。

当然、飲酒が原因の疾患にかかっている場合は主治医の言う通りに従ってください。

まずは医中誌(医学領域の日本語論文検索サイト)で、「術後」、「飲酒」にて検索すると、315例ヒットしました(会議録を除く)。

しかし、術後いつから飲酒可能なのかどうかという点に焦点を当てている論文はありませんでした・・

いくつか飲酒が手術に与える影響について記載されていたので後程紹介します。

続いてPubMed(医学領域の英語論文検索サイト)で「alcohol consumption after surgery」で検索すると手掛かりとなりそうな論文が散見されました。

肥満症に対して胃切除術を行った後の飲酒についての研究が多い印象です。

本文を詳しく見てみると、

・・・ Nearly all of the nondrinkers (80%) were six months or less postoperative, a time period when alcohol is generally discouraged. ・・・1)

とあり、肥満症に対する減量手術(胃バイパス術やスリーブ手術など)の後は一般的に6か月間は飲酒を控えた方がよいと言われているようです。

その他、食道切除術後や大腸切除術後、胆嚢摘出術後などの病態について個別に記載されている文献は発見できませんでした。

日本では歯科治療や日帰り手術では術後1~3日間、白内障手術では7日間の禁酒を推奨している施設が多い印象ですが、その根拠となる論文を明記しているところは見当たらないような。

禁酒のコンセプトは飲酒に伴う血管拡張による出血を防ぐこと、創傷治癒が得られる7日間の間禁酒することが挙げられるようです。

創傷治癒は、出血凝固期→炎症期→増殖期→成熟期という過程を経ており、マウスの創傷治癒モデルでは7日後に上皮化が完了し、14日後には平常状態に戻ることが報告されているため 2)、2週間は一つの目安になりそうです。

ただ、創部感染や創部の血流障害、低栄養などで創傷治癒遅延が起きている場合は別個に対応する必要があります。

標準的な外用治療を行っているにも関わらず4ヵ月以上にわたり上皮化が認められない難治性皮膚潰瘍と健常人の皮膚組織を比較すると、CD271+ 細胞が難治性皮膚潰瘍患者において著明に減少しており、表皮 CD271+ 細胞の減少がヒトの難治性皮膚潰瘍の要因に関係があるのではないかと考えられています2)。

この創傷治癒過程において重要と考えられるCD271+ 細胞は老化によって減少し、受傷後の増加ピークも若齢と比較して減少するようなので、高齢の方は術後の飲酒開始を遅らせた方がいいかもしれません。

ということで、創傷治癒の観点から術後飲酒開始時期を考えると、少なくとも2週間の禁酒が必要で、創が治癒して縫合不全(消化管の吻合部が離開すること)のリスクが限りなく無い状態になったと主治医に判断されてからが良さそうです。

また、胃切除術の場合は別個に注意が必要です。

胃切除術後は注意が必要?

胃切除術後は飲酒に際して注意が必要です。

主に肥満症に対する手術後における飲酒の影響について報告されている内容をまとめると以下の通りです。

・胃バイパス術後はエタノールの吸収速度が上昇することによって血中アルコール濃度のピークが上昇し、濃度ピークへの上昇時間が早くなる 1,3)

・減量手術では、一部の患者でアルコール乱用を改善し、他の患者ではアルコール乱用が増加する 4)

・腹腔鏡下スリーブ胃切除術(SG)1年後にアルコール嗜好性が変化してアルコール使用量が減少する 5)

・Roux-en-Y胃バイパス術では、術後のアルコール摂取量の増加するようである 6)

・ラットではRoux-en-Y胃バイパス術後にアルコール消費量が減少した 4)

画像1

画像:医療法人おもと会 大浜第一病院 肥満・減量外科のホームページより

胃バイパス患者がアルコールを摂取した場合、アルコールは容易に胃を通過して空腸に入り、空腸の表面積が大きいため急速に吸収されるのではないかと言われています 1)。

また、胃壁が小さくなるスリーブ手術では、胃表面積の減少によりアルコール代謝を担う胃脱水素酵素の利用が低下することも血中アルコール濃度上昇に寄与している可能性があります 5)。

胃の変形を考慮すると、この現象は通常の胃癌に対する幽門側胃切除術や胃全摘術におけるRoux-en-Yでも同様なのではないかと思います。

アルコール濃度上昇に対してアルコールを代謝する必要があります。

アルコール代謝は、エタノール→アセトアルデヒド→酢酸→二酸化炭素+水、といった流れで代謝されていきます 8)。

「エタノール→アセトアルデヒド」の代謝は、ADH、MEOS、カタラーゼの3経路が知られており、代謝産物であるアセトアルデヒドが肝毒性や発癌性などの悪影響を及ぼします。

MEOS(osomal ethanol oxidizing system)経路による代謝はアルコールの消費量が多いほど代謝率が高くなり、結果としてアセトアルデヒドによる毒性が強くでます 1,8)。

ラットではRoux-en-Y胃バイパス術後に飲酒すると小腸から分泌されるGLP-1(glucagon-like peptide 1、血糖値を下げる作用がある)が上昇し、グレリン(摂食亢進作用や成長ホルモン分泌促進作用などがある)が低下することが知られています。ラットにおいてグレリンはアルコール消費をコントロールしているようにみえると報告されています。しかし、ヒトにおいても同様の作用があるかは不明です 4,7)。

普段から飲んでいる人は麻酔科効きにくいの?

結論としては、普段から飲んでいると、オピオイド系の鎮痛薬が多めに必要で、術後の吐き気は少なくなるようです。

全身麻酔は鎮静(意識消失)、鎮痛、筋弛緩の3要素のバランスをとって行っており、この中で「鎮痛」が効きにくくなるということでしょう。

「飲酒」を12オンス(340g)のビール、5オンス(142g)のワイン、または1.5オンス(43g)のお酒(アルコール度数約14g)と定義し、

「頻回飲酒」を週に4回以上飲酒すること、または週に4日以上飲酒することと定義すると、

頻回飲酒は腹部手術後疼痛コントロールのためのオピオイド(鎮痛薬)消費量の増加と関連していました 9)。

頻回飲酒はまた、腹部手術後の吐き気(オッズ比=0.59、p=0.003)および嘔吐(オッズ比=0.49、p=0.026)のリスクの減少と関連していました9)。

腹腔鏡下胆嚢摘出術後に限定すると、術後の嘔気・嘔吐は36%に認められ、リスク因子として女性、若年、喫煙歴なし、飲酒歴なし、開腹歴あり、が挙げられました10)。

一方で、すべての全身麻酔・局所麻酔下待機的手術の1645例において、週4日以下の飲酒が、術後悪心のみが発生する危険因子であったと報告されています11)。

大量飲酒で手術が必要になることも!

うつ病の患者さんが自殺目的にウォッカを大量に飲酒したところ、胸焼け、嚥下障害を生じたため受診し、食道潰瘍および食道狭窄を認め、腐食性食道炎と診断されたケースが報告されています12)。

この方は最終的に狭窄症状が強くなったため、非開胸食道抜去術、胸骨後食道胃吻合術をするに至っております。

また、飲酒後の嘔吐、腹痛または胸痛を生じ、食道破裂の診断で緊急手術が必要になった症例が複数例報告されています13)。

これは医療界では結構有名な経過だと思います。

今の時期は盛大な飲み会をしていないことと思いますが、コロナが落ち着いた記念に高濃度のアルコールをあおってしまうと様々なリスクが待ち受けていますので、注意が必要です。


結論:

アルコールが原因の疾患でない限り、術後も時が経てば飲酒していいです。

ただし、お酒は嗜む程度にしましょう。


<参考文献>

1. Buffington CK. Alcohol use and health risks: survey results. Bariatric Times 2007;4(2);1,21–3.
2. 岩田 洋平, 赤松 浩彦, 長谷部 祐一, 他: 皮膚内在性幹細胞と創傷治癒. 日本臨床免疫学会会誌 2017;40(1):1-11.
3. H Klockhoff, I Näslund, A W Jones. Faster absorption of ethanol and higher peak concentration in women after gastric bypass surgery. Br J Clin Pharmacol. 2002;54(6):587–591.
4. Wee CC, Mukamal KJ, Huskey KW, et al. High-risk alcohol use after weight loss surgery. Surg Obes Relat Dis. 2014;10(3):508-13.
5. Coluzzi I, Iossa A, Spinetti E, et al. Alcohol consumption after laparoscopic sleeve gastrectomy: 1-year results.Eat Weight Disord. 2019;24(6):1131-1136.
6. Gregorio VD, Lucchese R, Vera I, et al. The alcohol consumption is amended after bariatric surgery? An integrative review. Arq Bras Cir Dig. 2018;31(2):e1378.
7. 中里 雅光. 【肥満症:診断と治療の進歩】治療の進歩 肥満症の薬物治療 脳・腸ペプチドの応用. 日本内科学会雑誌 2011;100(4):928-933.
8. 杉本 和史, 竹井 謙之. 【肝炎ウイルス制御時代の肝疾患診療】アルコール性肝障害ルネサンス. 日本消化器病学会雑誌 2018;115(9):788-796.
9. Kao SC, Tsai HI, Cheng CW, et al. The association between frequent alcohol drinking and opioid consumption after abdominal surgery: A retrospective analysis. PLoS One. 2017;12(3):e0171275.
10. 村上 昌裕(労働者健康安全機構大阪労災病院 外科), 清水 潤三, 古賀 睦人, 他. 腹腔鏡下胆嚢摘出術における術後嘔気嘔吐(PONV)の検討. 日本外科系連合学会誌 2018;43(5):789-793.
11. Morino R, Ozaki M, Nagata O, et al. Incidence of and risk factors for postoperative nausea and vomiting at a Japanese Cancer Center: first large-scale study in Japan. J Anesth. 2013;27(1):18-24.
12. 津福 達二, 田中 寿明, 末吉 晋, 他. ウォッカの大量飲酒により腐食性食道狭窄を生じた1例. 日本消化器外科学会雑誌 2007;40(10)1661-1665.
13. 金治 新悟, 倉吉 和夫, 河野 菊弘, 他. 特発性食道破裂の4例. 外科 2006;68(3):324-328.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?