誰よりも優しい君に
「クソ共が、寄って集って何をしてやがる。」
高校二年の春、彼に出会った。
鋭い目つきは皆を震わせ、誰も近づけさせないという強い意志が見えた。
よく見れば淡い緑にも見える瞳を持った彼。
弱い者いじめが嫌いな彼。
そんな彼に、私は救われた。
第一話『転入生』
時ツ風学園高等学校
4月 08:30
「ねぇねぇ、聞いた?」
「転入生来るんだって!この学校に!」
時ツ風学園高等学校。
小学校から大学までの一貫校の内の高等部にあたる学校。
晴れて高校二年生になった私、夢野亜里咲(ユメノアリサ)はある噂を聞いていた。
転入生が来る。
春休み開け一日目から、学校内はこの話題で持ち切りだった。
なにせ田舎の一貫校。
転入生が来ることなど、この学校に小学校から大学まで在籍して一度あるかないかの珍事だ。
でも学年もわからないし、私が関わりを持てる子なのかもわからない。
期待は控えるべきなんだろうな。
「おはよー、亜里咲!」
「おっはよ、炉!久しぶりだねー。
今日は妙にテンションが高いじゃん。」
声高らかに挨拶をしてきたのは、友人の鵜月炉(ウヅキイロリ)。
相変わらず明るくて元気な女の子だ。
「テンション高いって、当たり前じゃん!
亜里咲聞いてないの?転入生だよ、転入生!」
「それは知ってるよ。
でも、その子が私達と同じ学年に来るとは限らないじゃん?
期待して損するの嫌だもん。」
「ふっふっふ…亜里咲くん、君は私を誰だと思っているのかね?」
「私の小学校からのお友達の鵜月炉ちゃんでしょー、知ってるー!」
「そう!この学校一の情報屋、炉ちゃんだ!」
「情報屋してたの?知らなかったんだけど…」
「してたー!まぁそんなことはいいからちょっと耳貸して!」
少々笑いながら言ったことにむくれながら、炉は私の耳元でこういった。
「転入生ね…なんと!私達の学年に来るんですよ!」
「うそ!?」
思わず声を大きくしてしまったため、すぐに手で口を覆う。
そしてまた小声にしてひそひそと話し始めた。
「それ!ほんと!?」
「ほんとほんと!
しかもなんと…このクラスに来るんですよ奥さん!」
口に手を当てて叫んでしまった。
そんな珍しい転入生が、私達のクラスに来るなんて!
これでテンションが上がらない方がおかしい!
「よくやってくれた炉殿!
褒美にちょっと高いアイスを奢ってあげよう!」
「へへー!ありがたきしあわせー!」
そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、生徒は皆それぞれの席へと戻っていった。
どんな子が来るんだろうと、どんな話をしようかと、期待に胸を膨らませていたのは私だけではなかったと思う。
早く会いたい、転入生に!
「起立、礼。着席。」
「えー…まずは転入生がいるので、紹介します。
入ってきなさい。」
朝から、世にも珍しい「転入生が来る」というイベントの噂で持ちきりだった教室。
さぁどんな子が来るのかと息巻いていた生徒達は、彼を見て息をのんだ。
真っ黒で無造作な髪、瞳の小さい鋭い目、よく見なくてもわかる傷だらけの身体。
そして左腕にはめた大きなギプス。
これは、ヤバい奴かもしれない。
教室内にいた誰もがそう思った。
「…黒沼雅紀(クロヌママサキ)。よろしく。」
不愛想に言い放った言葉。
そこに「仲良くしてね」なんて優しい気持ちは一切含まれていなかった。
「じゃ、空いてる席に座って。
ホームルーム始めますからね。」
窓際一番後ろの席に座った彼。
あの時の彼の目を覚えている。
「死んでいる」
生気のない目。
でも、その瞳が日光を浴びて、淡い緑色に輝いて綺麗だった。
ホームルームが終わり、授業が始まるまでの間。
転入生の周りには人だかりが出来るものだと思っていたが、その外見と纏ったオーラで近づけない生徒は多かった。
その中でも勇者はいるもので、クラスのリーダー的存在だった男子が気さくに話しかけに行った。
「黒沼さんって言ったよね。よろしく!俺の名前は…」
「話しかけんな。」
冷たく、棘のある言葉。
たった一言で、「関わりがたい」と思っていた周囲に、「関わらない方がいい」という確信を持たせた。
それからは早かった。
挨拶をしようものなら睨みつけられ、声をかけようものなら無視される。
課題や委員会の連絡事項であろうと、不愛想で冷たい態度は変わらない。
彼と仲良くしようなどと考える生徒はいなくなった。
私も無理に仲良くする必要はないと思っていた。
あの日までは。
風都町東区
5月 18:00
お母さんから夕食の買い物をお願いされて、東区の繁華街へ。
私のお母さんは忘れっぽくて、よく買い忘れをしては私が駆り出される。
春とはいってもまだ日は短く、この時間になれば辺りは暗くなる。
それに伴い、ガラの悪い連中というのも増える。
頼まれた野菜を買い終えて、早く家に帰ろうと足早に繁華街を出た。
道行く人も少なくなった頃、後ろに誰かがいることに気が付いた。
それも一人じゃない。
一定の距離をおいてついてきているとわかった。
家まで遠くはないが、少し距離があるし、走って逃げるには限界がある。
路地を通って撒いた方がいいと判断し、路地裏に入った。
それがいけなかった。
路地に入った瞬間に、前方に人がいることがわかった。
引き返そうとした時にはついてきていた男達が道を塞いでいた。
私はガラの悪い男達に挟まれてしまった。
リーダー格に見える金髪の男が話しかけてくる。
「時ツ風の夢野だよな?
やっぱ可愛いよなー、綺麗系っつーか?整ってるよなぁ。」
制服を着ている人も見受けられるけど、うちの制服じゃない。
他校の不良ってやつかな。
「あのー、夕食の買い物の帰りなんですよ。
早く帰らないとお母さんに怒られちゃうんですよー。
…どいてもらっても?」
「そんなつれないこというなよー。
俺ずっと前から君のこと好きでさ、ずっと付き合いたいと思ってたんだよ。
どう?俺強いし、顔も悪くないだろぉ?
だから俺と付き合ってよ、夢野亜里咲ちゃん。
あ、俺木島ってーの。ヨロシクー。」
周りにいるのは何人?四人くらい?
こんなことならおじいちゃんに行って合気道とか教えてもらってればよかったかな…
YESって答えないと袋叩き、だよね。
怖い。
いつもみたいに気丈に振舞うとか、とてもじゃないけど無理。
下手したら殺されちゃうんじゃ…?
いや…こんなところで死にたくない…!
怖いよ…!
「木島さんイイ人だからよ、早く頷けって。な?」
不良の一人が私の肩に手を置いた。
その時だった。
「クソ共が、寄って集って何をしてやがる。」
どこかで聞いた、低くて重たい声。
それが聞こえた瞬間、後ろから男が一人吹き飛んできた。
白目をむいて倒れているのは、後ろにいた不良の一人。
顔面は血だらけで、前歯は数本折れている。
人の顔って、こんなにぐちゃぐちゃになるんだ。
混乱した頭はそんな呑気なことを考え、身体は恐怖に縛られ、腰が抜けてしまった。
「あぁ!?なんだテメェ!」
後ろを見ると、そこにいたのはあの転入生の男だった。
名前は…黒沼雅紀。
彼はギプスをした左腕を包帯でつり、おそらく返り血であろう赤い液体を右足につけ、そこに立っていた。
「弱い奴らが束になって女囲って脅してるとか、クソダセェことしてんなァ。」
「あ?怪我人がしゃしゃってんじゃねぇよ。」
「そうだぜー、あんま調子乗ってると死んじゃうよ?」
にじりよる不良達に臆することなく、彼は倒れている男を指さして言った。
「さっさと失せろ。そいつみたいになりたくなかったらな。」
「舐めてんなよこの…」
男の言葉を遮って、路地裏に鈍い音が響く。
男は瞬時に顔面蒼白になり、冷や汗をたらしながら倒れた。
彼に蹴られたであろう自分の股間を抑え、痙攣しながら。
「二度は言わねェぞ。」
彼の眼光は鋭く、学校で見た時以上に凄まじい威圧感を放っていた。
「~~~~~ッ、びびんな!やるぞ!」
不良二人は一斉に彼に襲い掛かっていった。
いくらなんでも一対二は卑怯だ。
勝てるわけがない!
私の心の叫びとは裏腹に、彼は軽く速い身のこなしで二人の攻撃をいなしていた。
左腕が使えないためなのか、足技だけを駆使して不良二人にダメージを与えていく。
彼は、あまりにも喧嘩慣れしすぎていた。
しかし、彼の快進撃はいつまでも続かなかった。
少しずつ疲労が見え始め、身体に傷が増えていった。
一つ一つのダメージを軽減しているのかもしれないけど、それも積もれば身体を傷めていく。
ついに彼はバランスを崩した。
転倒することはなくとも、無防備になる瞬間を不良達は見逃さなかった。
木島と呼ばれていた男は、彼の怪我している左腕を狙い、強く殴りつけた。
骨折しているはずの彼の腕に、そんなことしたら想像も出来ないような激痛が走るに決まってる!
『ばきり』と、何かが折れる音が響いた。
勝ったと思って口角をあげる木島達。
でも、彼は立っていた。
見たこともない顔で、笑っていた。
「残念、ハズレだ。」
木島の腕を掴み、引っ張った勢いと共にみぞおちに膝をめり込ませた。
声を上げる間も無く、木島は白目をむいて倒れた。
立ち尽くしているもう一人の不良に向かって、彼は言った。
「まだやるか?」
彼らは目を覚ました不良達と共に、脱兎の如く逃げて行った。
自分達のリーダーである木島をおいて。
「おい。」
腰を抜かして動けないでいた私に、彼が声をかけてきた。
「立てるか?」
「な、なんとか…」
彼はゆっくりと立ち上がった私の身体を見ていた。
しばらく見まわしてから軽くうなずくと、彼はその場から去ろうとした。
「待って!」
「なんだよ。」
不愛想な返事でこちらを向いた彼の身体は、かすり傷や打撲痕が目立っていた。
もちろん、ひしゃげた左腕も。
「あの…あの!まずは!助けてくれてありがとう…!
黒沼さん、だったよね?」
「…あぁ、お前そうか。同じクラスにいたな。」
「そう!夢野っていうの!夢野亜里咲!」
「そうか。じゃあな。」
「だから待ってって!」
「なんだよ…」
「それ!その左腕!痛くないの!?」
「あー…めんどくせ…」
「身体も傷だらけだし、絶対それ病院行った方がいいと思うの!
救急車呼んだ方が…」
彼は心底面倒くさそうな顔で、ため息をついてから言った。
「これ、義手。」
「…へ?」
「義手。偽物。左腕は事故で失くした。」
「ぎ…ぎしゅ…?」
「救急車は呼ばなくていいし、怪我も大したもんじゃねェ。
…これ、周りに言いふらすんじゃねェぞ。」
「は…はい…」
衝撃の事実に頭が真っ白になっている間に、彼は路地裏の奥へと去っていった。
なんで、彼は私を助けてくれたんだろう。
なんで、彼は左腕が義手だってことを隠してるんだろう。
彼は、どんな人なんだろう。
この一件以来、私は黒沼雅紀という男への興味が尽きなくなっていった。
私は彼を知りたい。
誰も近づけない彼に、近づきたかった。
これは、彼との出会いの話。
これは、彼との別れの話。
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初投稿です。
こんにちは、Alionと申します。
今回書いたのは、おもち様が企画主となって進行中の「季節を巡るシナリオ企画」に参加させていただいた時に書いた台本「8月:何も知らない夏に」の一年程前のお話になります。
続きを考えてはいるのですが、多忙故に中々執筆を進めることが出来ません。
ですので、投稿はとても不定期になります。ご容赦ください。
素敵な企画を立ち上げ、参加させてくださったおもちさんに多大なる感謝を。