『異形百景見聞録』2話【週刊少年マガジン原作大賞応募作品】
「……で、どうすんだ、絶巓」
頬を少しだけ赤く染めた滑瓢が私に訊ねた。
「どうするって言ってもな……狐白、もとい宇迦之御魂神を経由して神様のお許しを貰う手段は末端から切り捨てられたし、もう御加護もへったくれも無く突っ込むしか無いだろ」
呆れたように滑瓢が私を見る。言いたいことはわかるが、どうしたってアイデアが浮かばないから仕方のないというのに。
「お前って奴ァよ……無鉄砲と無責任を勘違いしてやいねえか?お前が失敗したら人様に迷惑がかかるし、何より神様が後始末に明け暮れる。……まぁ、今回本当にやりたいってんなら、もう止めやしねえが……神様の加護も無しってならァ、まずいからな……」
屈みながら滑瓢がぶつぶつ零す。何やら足元の戸棚を漁っているようであるが、そこに何があるのかは滑瓢以外誰も知らない。
「何やってんだ?」
訊ねるが応えは無い。ただ滑瓢の独り言が返ってくるだけだった。
「あーあー、こんなに埃被っちまって……もう数百年前だからなぁ……ちっ、あの野郎、まだ生きてッかな……」
ガチャガチャとした音がしたかと思えば、今度は本のページを捲る音が聞こえてくる。そうかと思えば今度は何かを落として割る音と、それを見て「あぁ、クソ!」と嘆く滑瓢の声が響くばかりで、結局滑瓢が何を探しているのか私には分からなかった。
やがて埃まみれになった滑瓢が顔を出し、手元に一本の瓶とメモ書きのされた紙をこちらに渡してきた。
「化け物を起こすってのに丸腰じゃ本当にどうなるか分からねえ」
ぽんぽんと肩の埃を落としながら、滑瓢はグラスに残った酒を飲み干した。
「……っぷぅ。その紙の住所に行ってきな。本家本元の加護にゃ負けるだろうが、何も無いよりはマシだろ」
そんで、と滑瓢が続ける。
「こいつは劇物だぜ。気を付けな」
そう言って手元の瓶をゆっくりとこちらへ滑らせる。赤茶けた小瓶は、私の片手で握れるほどの大きさであった。
「そんなものを足元にしまっておくなよ。……それで、なんなんだ、これ」
そう訊ねると、滑瓢は少し表情に翳りを見せて答えた。
「神便鬼毒酒……鬼を殺す毒酒そのものさ。こいつが存在するって知ってたから気が進まなかったんだぜ」
神便鬼毒酒。
源頼光が、かの悪鬼、酒呑童子を征伐するために用いた酒。
その存在が有ること、即ち───
「ほぼ確だな」
「ああ」
私の計画『酒呑童子復活計画』は、想像以上に進んだ。
〇
そもそもの話、我々天狗や妖怪、鬼といった存在は神代の時点で高天原に集結されていた。いわゆる『あの世』みたいなものである。
神の気まぐれか、はたまたそういう決定がなされていたかの真意は不明だが、様々な国の神々が人間を創造した。
そうして伊邪那美命や伊邪那岐命の管理の下、日本にも人間が産み落とされたわけだ。
縄文、弥生と時代を踏み、争い、殺し合い、奪い合う。
知能を持つ生物の宿命として、そこは決して避けられない過程である。
ようやく人々の統率がなされ始め、散り散りだった日本が一つになり、明確な法や時代の頭首が生まれた矢先、まずその世に舞い降りた種族がいた。
妖怪である。
本来恨みや妬み、恐怖を主な燃料源として活動する妖怪にとって、そういった負の感情とは無縁の高天原は窮屈でしかなかったようであり、ひとたび現世に降りてからはついに高天原へは戻らなかった。
その性質は妖怪によって様々であり、のちにその状況を憂いて現れる滑瓢なんかは人のそういった部分につけ込むことを嫌った。伝承では「自らをその家の主と認識させる」という記録が残るように、人間へ直接危害を加えることはなかったという。本人がそう言うのだから間違いないのだろう。
とはいえ妖怪の性質を否定することもなかったために、妖怪による被害を抑えることには繋がらない。「人がどうこうって事ァ、そりゃ人自身になんとかさせにゃあ育つまい」────滑瓢がかつて私に語った事であるが、それで今、妖怪という存在自体が危ぶまれているのだから世話がない。
やがて妖怪の存在がいよいよ人々を窮地に立たせるようになった頃、その据え膳を頂こうと企てる輩が出始め、同様に高天原から降りた。
これが鬼である。
傲慢で乱暴、何でも自らが上に立たぬと気が済まぬ連中は、まず京の都をめちゃくちゃにし始めた。ここが鬼の伝承の始まりとも言えよう。
背格好は人と変わらず、ただし頭には一本だったり二本だったり角を生やす鬼は、その膂力を遺憾なく発揮し、忽ち人間たちの新たな脅威となった。
妖怪よりも直接的に、また被害の幅も甚大になったため、さしもの神々も頭を悩ませた。
そうしてなし崩し的、また不本意的ながら、日本の第四の勢力として降り立つ運びとなった種族がいた。
我々天狗の出番である。
性質としては人間を含めたどれよりも穏やかで、比較的脅威になり得ない天狗が妖怪と鬼の統率役を請け負う事になった訳であるが、いかんせん、天狗というものは穏やかながらに野心に溢れている。天狗の初代総領主らは神々のお願いそっちのけで、鬼と同様に日本を我が物にしまいと企てた。
まず屈したのは妖怪の連中であった。
天狗の登場と同時に陰陽師の存在が出始めていたために、派手な動きを見せれば人間の手に落ちる危険性もあったことから、ヒエラルキーの最底辺、そして現世統治への過干渉は一切行わないと宣言した。
時の妖怪の頭領、鵺との会談の末決まった。もともと妖怪全体が平和主義的風潮があったので、つつがなく決定したと聞いている。
さて、そこで首を縦に振らぬのが鬼である。
予期しない天狗の降臨があった時点でこういった状況になるのは当然というか、まあ互いに退かぬ性格なのは高天原時代から認知されていたため、首を振れば必然的に下になることは目に見えていた。それを認めなかったのだ。
個人が個人、粗野な部分が共通な鬼に、当時の頭領は存在しなかった。仕方なく京の街を破壊して回っていた鬼の一団を捕まえて提案したらしいが、帰ってきた返答は、
「烏と大差ない連中に従うなど、地獄に落ちてもお断りだ。我々のうち誰に聞いても同じ回答が返ってくるだろう。これ以上そんな阿呆な提案をしてみろ。今は見逃してやるが、そのうちこちらがお前たちを支配しにかかるぞ」
取り付く島も無しである。
結局破談となった天狗と鬼の会談は、これ以降行われていない。
おわかりだろう。
天狗と鬼は、昔から相容れぬ犬猿の仲なのだ。
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