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創作:琥珀

展望デッキに居た。互いに手すりに掛けた手の小指を絡ませながら、降りてきたり飛んで行く機体を見ていた。薄暮れになった空を見て彼は言う。「この時間が一番好きなんだ」。遠い山に暮れ落ちる陽に軽い嫉妬を感じた。彼の愛情総てを我が者にしたい、そんな不可能で馬鹿な考えだ。


夜の帳が下り灯りがキラキラとし出した。刻々と迫る時が琥珀のように固まってしまえばいいのに。何億年後に掘り出された私たちは凝縮された宝石となるだろう。琥珀の中では光に透かすと彼と私が混ざって、美しい模様が浮かび上がる。すっかり暮れてしまった空を見て想像をした。


「さぁ降りようか」。絡めた小指が外れる。束縛されていた指の感覚がふいに無くなり、血潮が勢いづく。ドクドクと激情を運ぶように心臓に向かってゆく。動悸のような胸苦しさを覚え、深く呼吸をした。小走りに後を追い、階段を降りる。

まだ夜が早いから人が多い。キャリーバッグを運ぶ人の波を掻き分けて停留所に向かう。バスは余裕があり席はガラガラだ。チケットを買い、列に並ぶ。互いに向かう所は別々で、乗り場が違うからこの場所で別れることになる。


「それじゃ」と軽い会釈と目線を交わし、振り返りもせずバスに乗る。今度いつなのかも約束せず帰路に着く。連絡もするかわからない。刹那の時がまた来るまで、今日の想いを琥珀に閉じ込め、また日常を繰り返す。


#創作
#書き物

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