選ばれざる者

人事を尽くす余地はないと、私は天命を待っていた。それはきっと一部を除く、多くの者にとっては運の要素が決定するアタリ、ハズレの話なのだろう。人生における、その割合とはいったいどれほどのものなのだろうか?

私に会社内の人事に関する権限など、もちろんあるはずもない。同じ班に選ばれし者たちは一定期間、任務をともにすることになる。能力、適正、他の班とのバランス、あらゆる要素を考慮した後、決定するのが望ましいと思われるのだが、わが社のそれは「酒の席で、くじで決めたんか?」っちゅうくらい、かたよりを感じずにはいられないのである。

あるいは「あいつとは犬猿の仲」「それは俺の役目じゃない」「そんなに遠くは通えない」幹部の人たちに社会人らしからぬ手段で、そうであるとワカラセタ者たちが、なぜか優遇されているように見えなくもない。そんな裏事情が存在しているように思えなくもない。そんなんありか?大人の社会ってなんだろう?

休憩時間、競馬新聞をひろげ、E島が明日のレースの予想をしている。信頼に足る一頭を軸に、合理的に的中率と回収率ともに着目しながら相手を探し、公算が大きいと狙いを定めた買い目に運命を委ねて投資する。よく大穴を的中させることは社内でも有名である。彼の予想したレースのアタリの話は聞いていて退屈しない。その行為自体が好きなのだろう。同僚との話の流れで私も予想したことがあるのだが、どうやら、うんざりするほど向いていないようである。そこに通りかかったO西が話の脈絡を無視して割って入る。

「どうせ当たんねえんだろ?俺は人生以外のギャンブルはしねえ」

O西が話し始めると、私はなるべく、その時間を短縮させることに労力を費やすことになってしまう。そうせざるを得ない場面が数多く存在する。後輩たちに学生時代の部活の体験を引き合いに根性論を叩き込もうと、これでもかっちゅうくらいにイキり散らかした翌々日にO西は欠勤した。「お腹が痛い」そうである。

まだまだ仕事に不慣れな後輩たちへの説明や、細かい指示を出すたびに、私の作業の手は止まってしまう。非効率である。謎の要領のよさを備え持つE島からも欠勤の連絡をうけた。もしも欠勤の本当の理由が大穴的中であるならば、数日間は彼との再会は不可能だ。当日欠勤のたびに送られてくる理由説明のためのメールの、謎の語彙力の高さはなんなんだ?別のなにかの役に立てられないものなのか?もしかして、こっちが副業なのか?大人の社会ってなんだろう?

「あの人だからしょうがない」そう思わせたら、その人の勝ち。そうとばかりに、E島は後輩たちから謎の人望を集めている。人懐っこい性格で、誰もが嫌がるような発言はしない。人としての穴はもちろん存在する。大穴である。職場に現れた時は、どうでもよさそうに驚くべき作業効率で仕事を進めてくれる。無論、職場に現れた時に限る。賭けるモノさえもらえれば、本当にどうでもいいのだろう。ゆるい社風の風、そのものである。彼のことを悪意や憤怒の念を抱いて語る者は、謎に存在しない。

数日後の昼過ぎに、後輩たちの前でO西が声を荒立てていた。とある書類を紛失した犯人探しである。失くして絶望するほどの重要な内容のものではなく、波風立てているヒマがあったら次の会議の日までに作り直せばいいだけの話だと、私は個人的にはそう思っている。お前がポンポン痛くて休んだせいで負担をかけてしまった、その後輩たちを責め立てるほどのことなのか?

「他人は騙せても、自分は騙せねえだろ。正直に言わなくて、本当にそれでいいのかよ」
 
うわっつらだけのペラッペラの正義感を振りかざす者を、垂直に見下しながら説教してやりたい気持ちをなんとか抑えて、可能な限り私は大人の対応を選択した。この独壇場を一刻も早く終わらせたかった。……なあ、いったい誰を騙せないだって?お前はすでに自分に騙されているだろ。

同日の朝方。

「なあー、お前もう宝くじ買ったー?」

毎回、同じ枚数を購入しているだの、もしも当たったら俺は頭がいいからアレに使う、コレに使うだのの話から逃げるように私はトイレに駆け込んだ。人生以外のギャンブルはしない?お前の人生、宝くじなんかよ?どうせ当たんねえんだろ?根拠はいっさい存在しないが、あえて断言させてくれ。「お前を神が選ぶことなど絶対に有り得ない」と。

同日の夕方、消えたはずの書類は別班の者の手によって、喫煙室のカベとベンチの隙間で、ひょっこり発見された。我々の班の中に喫煙室を出入りする者は一人しかいない。探しても簡単には見つからなかったワケである。ざわつく後輩たちの目が、血に飢えた妖刀の刃のごとく鋭さを増してゆく。

それから間もなく、班の中から姿を消した者の数、約一名。もしかしたら同じ班の中で覚醒したワカラセル者の仕業だったのかもしれない。あるいは時代の流れに順行した必然的な淘汰と呼ぶべきか。この任務もそろそろ終わりが近い。次はどんな顔ぶれが集まるのだろうか。人に恵まれることほど幸運なことはない。信頼、合理、公算……もううんざりなんだよ、その多くを欠いた

ハズレの話は

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