緑の領域
公園で虫がないている
緑に囲まれた公園のベンチ。僕は正直にいうと虫が苦手だ。何年も触れていない。
腕にとまっていた蚊をたたくと赤く滲んだ。手を洗うために立とうとすると、目のまえのトイレから出てきた青年が、空にむかって、なにかを放った。
僕になにかを投げつけてきたのかと思っておどろいた。立ち去った青年は、あとの状況を知らない。ベンチとトイレのあいだに、なにかが落ちてきた。
セミだった。経過からして羽をバタつかせて飛びつづけようとしていたのかもしれない。叶わない夢だったみたいだ。セミはトイレに向かおうとする人に踏みつけられそうになり、僕は思わず声をもらした。
セミを軽くつかむと、セミはないた。あらがう力はないみたいだ。公園で一番大きな木の下におくと、またセミはないた。トイレで手を洗おうとすると蛇口の下に緑のカナブンがいた。目が合うと僕に語りかけてきた。
「正と過りの狭間でなにを得る?
残酷と慈悲の狭間でなにを得る?
現実と幻想の狭間でなにを得る?
そのさきのカナタでなにを得る?……」
僕はないた。目のまえで起きる出来事は、なんて特別なんだろう。仕事が始まるまでのわずかな時間に、そのものに、二度も触れてしまうとは。僕は小さなタオルで手を拭き「……たとえ望まないことであったとしても……」公園をあとにした。汗が頬を伝うほどに、朝から日の光が痛い。
公園で虫が鳴いている
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